2020/04/26 10:00 81PV

人生のネガティブと戦うファイター。キックボクシングチャンピオンの挑戦【スポタス人インタビュー】

スポタス人とは

スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。

スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。

スポタス人紹介

丹羽圭介(にわ けいすけ)

1983年生まれ  大阪府出身  A型

小・中・高と野球部に所属し、大学から日本拳法を始める。

大学卒業後に上京し、キックボクシングの道へ。

2009年 KAMINARIMON全日本大会65㎏級優勝

2010年 RISING ROOKIES CUP

スーパーライト級新人王

REBELS63kg初代チャンピオン

HP:http://www.ksk28.com/index.html

Twitter:https://twitter.com/ksk28ksk

Instagram:https://www.instagram.com/ksk19830723/?hl=ja

野球少年としてプロを目指した

赤木:まずは過去のスポーツ経験からお聞きしても良いですか?

丹羽:小中高と野球少年でした。甲子園出場とまではいかなかったですが、中学まではプロを目指していました。

赤木:高校ではプロを目指さなかったんですか?

丹羽:高校で進学した先がいわゆる強豪校ではなく、甲子園を目指すといった学校ではなかったので。野球で生きていくという発想はなくなっていました。

赤木:大学に入って格闘技を始められたんですね。

丹羽:はい。大学に入って別の事を挑戦するか悩んでいたんですが、小学校の同級生が日本拳法をやっていた事や、先輩が日本拳法をやっていた事もあって自分も体験で稽古に行ってみました。そしたら「10年に一度の逸材だ!」と言われて。

それで自分の伸びしろやワクワク感を考えて日本拳法を始める事にしました。

赤木:一回目の体験でそこまで言われたってことは凄く才能があったんですね。

丹羽:才能と言うのか分からないですが、色んな競技のコツを体得するのが早い方だと思います。マネをするのが上手いんです。いかにコツを最短で掴むか、いかに上手い人を真似するか、そういった点は得意だと思います。

主将として部を全国に~東京で役者に

赤木:日本拳法というと、何でもありという印象がありますね。

丹羽:そうですね。防具はつけますが、投げ、関節技、打撃、ありの喧嘩拳法です。

赤木:実戦に近い形式なんですね。

丹羽:そこで私は主将になって、数多くのタイトルを獲得しました。

赤木:大学に入って初めて格闘技をやって、そこから全国出場はなかなかできないですよね。

丹羽:大学を卒業してからは東京で役者を3年ほどやっていました。

赤木:役者ですか?

丹羽:在学中もモデルをやってたりしていたんですが、特にモデルを目指していたわけではありませんでした。在学中に就職先も決まっていましたし、OBの話を聞いたりしていたんですが、違和感を感じていたというか、自分がこの会社で何年後かになりたい姿が想像できない事に危機感を感じていました。

赤木:「将来の自分像が見えない」というのは就活生もよく悩むところですね。

丹羽:それで「こういう生き方かっこいい」と思える人を考えていたら俳優やアーティスト、ダンサーなど、自己表現で人を勇気づけたり活力や元気を与える人達が思いついて、自分もそうなれる可能性があるならやってみたいと思って役者を目指し東京に来ました。

スパーリングパートナーから全国優勝へ

赤木:役者を目指していたところから格闘技にというのはかなり大きな変化だと思いますが、何かきっかけがあったんですか?

丹羽:役者をやってた中で知り合った人の中に映画監督がいて、その人の繋がりでK-1のHAYATO選手を紹介されました。その時ちょうどHAYATO選手がK-1に出場するということで、対戦相手が日本拳法出身者だったのでスパーリングパートナーをやることになったんですが、ここで「筋がいい」と言われ、私もアマチュアの大会に出場する事になりました。

赤木:ここでも筋が良いと言われるのがさすがですね。確かに、上手い人のスタイルを真似するのが得意な人はスパーリングパートナーとして最高ですね。

丹羽:それでRISE KAMINARIMONというキックボクシングの大会に出場したんですが、そこで全国優勝しました。

赤木:全国優勝!

丹羽:65キロで出場したら負け無しの状態で、これならプロとしてもやっていけるという手ごたえを感じた瞬間でしたね。

赤木:やっぱり才能が有ったんですね。

丹羽:当初は役者としての自己表現で仕事をしていきたかったんですが、役者の場合は、ずば抜けて圧倒的な売れるものがないと売れない、それが自分には何なのか悶々と考えてました。そんな時に人にはないもので、圧倒的に表現できるもの、結果を出せるものが格闘技、キックボクシングでした。そこで、自分の軸である『自己表現で人に活力、元気を』を格闘家として実現しようと思って格闘技に軸足を置きました。そこからHAYATOさんが引退してジムを立ち上げたタイミングで選手兼トレーナーとしてキックボクシングでプロ活動を始め、2010年7月には同じくRISEで新人王になる事ができました。

順調なスタートから一転、、

赤木:このまま一気に駆け上がっていきそうな感じがありますね。

丹羽:そう思いますよね。私もこのままいけると思って天狗になっていましたが、スパー中に顎を骨折してしまったり、腕を3回も折ってしまったりといった出来事がおきて、2年半も選手活動ができなくなってしまいました。

赤木:予期せぬアクシデントですね。

丹羽:これについてはアクシデントよりも慢心によるものが大きかったと思います。生活習慣の乱れだったり、疲れたまま仕事をしたりしていたので、他にも寝不足や二日酔いで集中できていなかったこともありますし。「自分は強いから大丈夫」とたかをくくっていました。

赤木:怪我そのものより、活動ができなくなることの方がショックは大きいですね。

丹羽:そうですね。身も心もズタボロになっていました。やはり私達は練習してなんぼ、試合組まれてなんぼの世界にいるので。後輩が試合に出てるのを応援するしかできないというのが地獄のようで、何のために生きてるんだろうとさえ思うようになりました。

赤木:自己表現で活力を与えるという自分の軸を失ってしまっていたんですね。

丹羽:その時は藁にもすがる思いで色んなものに手を出しましたね。厄払いに行ったり、引っ越したり、お守りを買ったり。それでも自分のメンタルが整わないまま練習をしてまた怪我をしたりと。

赤木:何をやっても上手くいかないという状態ですね。

自分と向き合った2年半、そして復活へ

丹羽:怪我した後はずっと人のせいや環境のせいにしていましたが、2年半の時間を経て、ようやく自分と向き合えるようになりました。どうしたら怪我しない生活ができるか、24時間全て見直して生活を整えるようにしました。

赤木:そこで自分自身を振り返る事ができたのは大きな変化ですね。

丹羽:復帰してからは怪我せず11連勝して、RISEのタイトルマッチに挑んだんですが、それでもどうしても勝てない。マイナスな状態から抜けられない。

赤木:そこで新しい壁がまた出てくるんですね。

丹羽:結局2回タイトルマッチを挑んだんですけどそれでも勝てなくて、海外挑戦したけどそれでも勝てませんでした。

弟の言葉で環境を一新

丹羽:ある時、Jリーガーの弟(丹羽大輝選手 FC東京所属、元日本代表)に今の状況について相談しました。そこで「このまま悩んで迷いながら練習や試合しても絶対チャンピオンになれないから、覚悟決めて環境を整えて、全て自分の責任で、これだけやってチャンピオンなれなかったら諦めるって思える状態にしないと無理だ」と言われ、そこでジムから独立することになりました。

赤木:トップアスリートであり、小さい頃から兄を知っている弟さんが言うと説得力が違いますね。

丹羽:それで海外に修行に行ったり出稽古に出たりしていくなかで那須川天心選手のいるTEPPENジムに行って、「本当に強くなりたいならいてもいい」と言ってもらい、今のチームができました。そこで2019年にREBELSに初参戦して4連勝。新設された63キロの階級では優勝する事ができました。

▲最高最強のチームと共に勝ち取ったチャンピオンベルト

赤木:ついにここで優勝を果たすんですね。

丹羽:10年間チャンピオンになりたいと思ってたのが初代日本王者という形で叶いました。そこからKNOCK OUTというチャンピオンにしか出られない大会への出場も果たしました。

新しい挑戦へ

丹羽:チャンピオンの夢が叶って感じたことは『チャンピオンはまだまだスタート地点でしかなくて、その価値を高めるための挑戦をし続けなければならないという事と、どれだけその挑戦をする事でドキドキワクワクしてもらえるか、それを共に戦ってもらえるか』でした。個人としての実績はもちろんのこと、チームや仲間、格闘技界を盛り上げる為に何ができるかという事です。プロデビューして10年、紆余曲折ありました。ベルトを腰に巻いた瞬間は夢のような気持ちで、勝った時のコメントとかも考えてたんですがその瞬間に言葉が出てこなくなって、ただ「ありがとうございました」としか言えませんでした。

赤木:10年間の色んな積み重ねがあったんですよね。文字通り「言葉にならない」状態だったんですね、

丹羽:改めて、人との出会いやきっかけの有難さを感じましたね。求めるタイミングで求めていた人に出会える、自分はそうやって命を繋いできたんだと。自分もそうありたいと強く思います。身近では弟がJリーグで活躍していますし、沖縄拳法空手の菊野克紀さんは独立する時や、色んな節目で相談に乗ってくれた兄さんのような存在です。

赤木:色んな人達との出会いによって今の場所に立ってるというのが良く分かります。

丹羽:自分も誰かが前進するためのきっかけの一部になりたい、これは私が戦う目的やテーマの一つです。

▲KNOCK OUT出場時

人生におけるネガティブをちょこっとだけ楽しく良くする

丹羽:私の大きなテーマとして、『人生におけるネガティブをちょこっとだけ楽しく良くする』というものがあります。年齢、障害、病気、怪我。こういった誰しもが持ってるネガティブに対してちょこっとだけ戦う勇気、「よし、やろう!」というスイッチ、自分の挑戦を通じてそういうきっかけの一部になりたい。

これは今までもらったきっかけに対する恩返しでもあります。

赤木:今まで自分が受けてきたものを、今度は与える側になるんですね。

丹羽:私は痛いのも苦しいのも嫌いです。それでも今の年齢でも現役でやれているのは、そういう誰かのきっかけになれて、そのエネルギー交換がし続けられているからです。キックボクシングの試合は3分3ラウンドのたった9分間ですけど、その9分間の中に選手の生き様や強さ、弱さ、色んなものが凝縮されてリング状で表現されます。リングには全てが詰まってるんです。

赤木:凄く神聖な時間や空間なんですね。

丹羽:例えば試合を応援してくれる方。その方達も、選手を応援しているというよりそれぞれの戦いを持ち寄り、一緒に戦ってくれてるんです。そういう意味では共に戦うチーム戦です。

赤木:それぞれにとって、自分の戦いの場でもあるんですね。

丹羽:3分×3ラウンドの中に、自分だけじゃなく一緒に戦ってくれる人の人生を載せる事ができる。全てがそこにハッキリ出る。そこで戦う事が大事なんです。

日常生活では命をかけて戦うってことはなかなかありません。でも、リングでは勝つ事で命を繋ぎ、負ける事で一つの命が消えるんです。それは個人競技だけど同時にチーム戦でもあって、トレーナー・セコンド・お客さん・対戦相手も、リングに上がるまでに至った全ての人が合わさったチーム戦なんです。

赤木:対戦相手もまた共闘相手でもあるんですね。

丹羽:対戦相手がいないと練習にも気持ちが入りにくいですし、減量や追い込みができませんからね。

勝った試合であっても、その一つの勝利には色んな因果が隠れています。例えば1ラウンド終わったら1分のインターバルがありますが、その時のセコンドの指示でも戦い方は変わります。そこで信頼おける言葉を言ってもらえるかでも試合の舵取りは変わりますし、チームへの信用・信頼によっても変わってきます。それは火事場のバカ力と呼ばれるものになったり、強運を引き寄せる事に繋がったりします。

赤木:例えば試合中に”ゾーン”に入るような事もですか?

丹羽:ゾーンについて言うと、私も何度も入った経験がありますが、一番の理想は普段からスッと入れるようになる事です。あくまで自然体で、試合に入るから意識して入るんじゃなく、自分の志や想いがそこに向かっていく感覚です。その為には一つ一つの練習が持つ意味を理解し、試合感覚を持って高い次元で取り組む事が大事です。そこから試合に入る時は練習のような感覚で臨むことですね。

赤木:なるほど、試合だから気合を入れていくという感じではなく、あくまで日常の延長に試合があるような感覚に持っていくんですね。

支えてくれるチーム”ニワールド”

赤木:丹羽さんを支えてくれるチームについてもお伺いして良いですか?

丹羽:私のチームは”英知の集合体 ニワールド”と称しているんですが、格闘技に限らず、色んなジャンルのスペシャリストが揃っています。例えば音楽と格闘パフォーマンスを融合する神雅氣というアーティスト、スポーツメンタルコーチ、特注のマウスガードや、噛み合わせを調整してもらう新神戸歯科、視機能のトレーニングをしてもらう銀座Eyex’のビジョントレーナー、ボクシングのスペシャリストの西島洋介さん、食事は食アスリート協会との食べながら減量する実践、キネシオテープ、フィジカルトレーナーなど、多くの人達に関わって頂いています。

ジャンルは違っていても、そういう方たちはそれぞれの志を持っていて、自分の想いとリンクしてくるんです。これもさっきのきっかけや縁の話に繋がりますが、自分が求めて行動して挑戦していくと、同じようにそれぞれの道を極めている人と出会う事ができます。そういう人達とお互いを高め合いながらお互いに成長している。そんなチームができています。

赤木:例えば丹羽さんの新しいファイトスタイルの中に”無双ビート”と呼ばれるものがあったかと思いますが、これもそんな中で生まれたものなんですか?

丹羽:無双ビートのコンセプトは自分に合った”拍子”で動く事です。人間は色んな拍子で動いていて、人間の心臓のリズムもそうです。自分にとっての理想の拍子はそれぞれ違っていますが、それを掴む事で自分のパフォーマンスを最大に発揮する事ができます。私にとっては4分の17か4分の11拍子が理想だと思っていて、円を描く動きの中でどこでも攻め守りができるようになります。それが”無双ビート”ですね。これをどこでも出せるようにしたいと思ってこれをどこでも出せるようにしたいと思って神雅氣さんと一緒に研究しています。

▲更なる高みを目指して

食についてもこだわりを

赤木:丹羽さんは食事にも強いこだわりを持たれていますが、食事についてもお話お伺いしていいですか?

丹羽:食という自は”人を良くする”と書くように、食は身体・心の両方にとって重要だと思います。私は『なにを、どこで、誰と食べる』かに気をつけるようにしています。例えば肉を食べると戦う気持ちになれるので、戦う為には肉が必要ですし。

赤木:丹羽さんは『ヤキニクエスト』というタイトルで、過去に食べた焼肉をSNSに投稿されていますね。その辺りからも焼肉に対する想いが分かります。

 

赤木:丹羽さんは一般の方向けにダイエットのアドバイスなどもされていると思いますが、例えば食事制限をせずにダイエットする方法などってありますか?

丹羽:食べて痩せるという方法はあります。例えばご飯とみそ汁をベースにして、食べるタイミングやスピードをコントロールします。早食いになってしまうと口の唾液が出ずに血糖値が上がってしまうので、ゆっくり食べる事が大事です。後はおかずの量やバランス、食べる順番を意識するだけでも大分変ります。

年齢はマイナスにならない

赤木:丹羽さんは格闘家としてはかなりベテランになっているかと思いますが、アスリートと年齢についてお伺いしていいですか?

丹羽:私は格闘家としては年輩になって、ベテランの領域にいると思います。それでも周りの20代選手と普通に練習はできますし、体力も筋力も正しくケアすれば落ちないです。テーマの1つである「Age is just a Number」年齢はただの数字である事を証明する戦いでもあります。

赤木:そうなんですね。一般的には年齢と共に落ちていくと言われますが。

丹羽:ホルモンの具合で筋力が落ちやすくはなりますが、定期的に運動して意識高く取り組んでいれば落とさずにいる事は可能です。ただし工夫は必要ですが。それでも落ちやすいのは、自分のモチベーションと回復力ですね。ここに関しては、食やメンタルのコントロールなど、特に意識的にやっていく必要があります。

気合と根性でできる20代と違って、30代になると練習の翌朝に体がバキバキになってたりしますので。体を追い込んだ後、いかにニュートラルに戻せるかが鍵になります。その為にも、日常の過ごし方やする事しないことを明確にして、生活の無駄をそぎ落とす必要があります。

世の中のネガティブをちょこっとだけ楽しくしたい

赤木:最後に、今後の目標について教えて下さい。

丹羽:具体的な目標で言うと、REBELSで獲ったベルトの防衛ですね。あと前回の2月のKNOCKOUTトーナメントで優勝した西岡蓮太選手には挑みたいと思っています。

いま現在、新型コロナウィルスで格闘技界はもちろん、日本が、世界中がこの大変な状況になって疲弊してしまっているので、まずは自分が元気でいること、周りにいる人たちの活力になるように いま自分にできることを最大限に、底力が湧くなるような挑戦をしていきたいと思っています。

国境も人種も文化も越えて世界が1つになる最大のチャンスだと思っているので、チカラ合わせて共に乗り越え生き抜いていきましょう!

 

文:赤木 勇太

 

この記事の記者紹介
スポタス編集部

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