
スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。
スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。
早川琢也(はやかわ たくや)
1984年生まれ。神奈川県平塚市出身。
2007年東海大学理学部情報数理学科卒業
2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。
2016年8月米国テネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラム修了。
2016年8月米国テネシー大学教育心理学・カウンセリング学科にて博士課程開始。
東海大学在籍中から現在に至るまで、バスケットボール、卓球、野球、剣道などのスポーツ選手・指導者に対してメンタルスキルのサポートを実施。
テネシー大学修士課程にてスポーツ心理学に加え、運動学習、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学などの知見を、メンタルスキルのコンサルティングに活用する方法を学ぶ。
テネシー大学博士課程にて、スポーツスキルを効率良く上達させる練習環境のデザイン、選手の自主性を育む練習環境と指導方法についての研究に携わる。その傍、学術的な理論に基づいたストラテジーを活用して、日本・アメリカのスポーツ選手に実力発揮のメンタルスキルのコンサルティングとスポーツスキル上達のサポートを実施。国際応用スポーツ心理学会認定のパフォーマンスコンサルタントの資格取得に向けて研鑽を積んでいる。
赤木:早川さんの過去のスポーツ歴からお話頂いてもいいですか?
早川:幼稚園の頃に水泳を始めたのが最初です。元々小児喘息をもっていて、その対策として母の勧めで始めました。小学校に入ってから5年生までサッカーをやって、5年生から6年生まではミニバスをやってました。
赤木:小さい頃から色んなスポーツを経験されてきているんですね。
早川:中学ではバスケ部が無かったので卓球部に入りました。深い理由はなくて、何となく面白そうだから始めた感じですが、個人戦・団体戦で県大会出場までいく事ができました。
高校では半年間バスケをしていましたが、中学のブランクが大きく、ついていくのが難しいと思って辞めて卓球部に戻りました。
赤木:ブランクがある中でやっていくのはなかなか難しいですよね。
早川:大学では特にスポーツはやっていなかったんですが、アメリカに来てからは剣道を始めて、今は3段まで持っています。結果的に色んな競技を経験する事ができたので、それは今の取り組みにもとても活きていると感じます。
赤木:色んな競技を経験していると、それだけ多くの競技者の気持ちが肌感覚で理解できそうですね。
赤木:大学ではスポーツ心理学専攻だったんですか?
早川:いえ、私が入学した当時はスポーツ心理学専攻ではなく、理学部の情報物理学科でした。
赤木:むしろ心理とは離れた印象ですね。
早川:きっかけは、当時のスポーツ心理学の実践している先生で第一人者の人がいて、その方の主催するメンタルトレーニング勉強会にいったことです。目から鱗が落ちるような内容で、そこからもっとスポーツ心理学について勉強したいと考えるようになりました。
赤木:大学にいるとたまにびっくりするような面白い授業に出会える時ってありますよね。
早川:その先生がメンタルトレーニングのスタッフ募集していて、学部は違うけどやりたいと思って先生の研究室に入り浸り、勉強会に参加して4年間を過ごしました。
赤木:熱量が凄いですね。
早川:学部生が終わって修士になった時、その先生の研究室に入る為に体育学科に入ります。そしてそこで2年間本格的にスポーツ心理学の勉強を始めました。
赤木:今はアメリカの大学にいらっしゃいますが、元々アメリカの大学に行こうと考えていたんですか?
早川:英語には元々興味がありました。中学の時にも英会話教室に3年間通っていましたし、漠然と、英語をもっと使いたいとは思っていました。留学の大きな理由としては、大学院1年生の時に進路を考えてて、当時通ってた大学に博士課程がなかったので外に出る必要がありました。それで先生や研究室の先輩に進路相談した時、留学を勧められたのがきっかけです。
赤木:それでアメリカ留学だったんですね。かなり勇気が必要だったんじゃないですか?
早川:学生でスポーツ心理学を学びに留学してた人はいなかったので、腹くくっていきましたね。それでまずはフロリダに行って、その後今いるテネシーに行きました。
スポーツ心理学がマーケットとして成熟していない状況ですので、自分が先陣きって後輩の目指す道をつくっていきたいという想いでしたね。
赤木:テネシー大学を選んだ特別な理由は何かあったんですか?
早川:国際応用スポーツ心理学会が年に1度あるんですが、そこで留学の情報を集めていたところ、テネシー大学の運動学博士課程を見つけました。そのプログラムが東海大学のプログラムに似ていて、研究よりも現場の選手に直接アプローチする形でした。そこに魅力を感じてテネシー大学を選びました。
その後、英語学校に2年間通い、修士としてスポーツ心理学、運動学士を2年経験して、博士課程では教育心理学や色んな学習理論、指導理論を4年間学びました。その間、不定期でアスリートのメンタルサポートも行っていきました。
▲ポートランドで開催された国際応用スポーツ心理学会にて自身の研究をポスター発表。
赤木:アスリートのメンタルサポートはどういった事をされていましたか?
早川:剣道のユース選抜チーム向けに練習会の様子を見てアドバイスをしたり、セミナーやワークショップを開催したりしていました。日本でも一時帰国のタイミングでセミナーに登壇したりもしていましたね。
スポーツ心理学に関する世界の関心
赤木:アメリカなどではスポーツ心理学がかなり盛んだと聞いていますが、やはりそういった点は体感されますか?
早川:そうですね。まずスポーツのスケール感が全く違っていますね。それは建物や施設、マーケットについても言えます。そしてスポーツに対する裾野の形が違っています。
赤木:裾野ですか?
早川:アメリカでは誰でも気軽にスポーツができる環境があるんですが、本格的にやりたいと思ったら学校ではなく地域のクラブチームに入ることになります。日本のように放課後に部活動があったり、学校単位でどこかに遠征するというものはないです。
赤木:学校以外の場所にもスポーツができる場所が沢山あるんですね。
早川:例えばテニスコートやゴルフ場は凄く安いですし、色んな所にジムがあったり、バスケコートも多くあります。メジャースポーツについてはどの競技も気軽にできますね。
赤木:日本だとメジャースポーツは特に競技する場所に困ったりしますが、そういった困り事が無いのは羨ましいですね。
早川:プロスポーツに対する投資もアメリカは大きいですね。特にトップにいけばいくほど投資金額は大きくなっていきます。それはスポーツサイエンスに対しても同じで、トップにいくほど科学的な分野への投資がなされますね。
赤木:やはりトップチームではメンタル面のサポートも手厚いですか?
早川:そうですね。どのチームも専属のメンタルコンサルタントがつくようになります。例えば野球ならマイナーリーグでも全球団にメンタルコーチがいますし、スポーツ心理について理解はありますね。とはいえそれもトップレベルに限られていて、草野球のレベルで言うと日本と大差はないと思います。
赤木:アメリカでもまだメジャーな分野という訳ではないんですね。
早川:アメリカは規模が大きい分、スポーツ心理学を学べる大学は多いですが、まだまだスポーツ界の中ではマイナーな分野ではありますね。やはりフィジカルや生理学アスレチックトレーニングなどがメインになっていて、スポーツ心理学は修士課程や博士課程として取り組む人が多いです。その人達が現場に入っていく形でスポーツ心理学の認知が広がっているのが現状です。
早川:スポーツ心理学のテーマとして、成長する楽しさを味わうということがあります。例えば競技中のプレッシャーを無くしたり、競技力を最大にするといったことで、特に私が興味を持っているのは後者の方です。
赤木:競技者が自分の持っているパフォーマンスを最大に発揮する点ですね。
早川:スポーツにおける様々な場面を目にしていて感じる事なのですが、指導者と選手の関係に行き違いがあると思っています。効果的なスポーツサイエンスのナレッジがない為に成長できていないという場面をよく見かけてきました。それは選手に限らず、指導者ももっとスポーツサイエンスを取り入れると成長する事ができるのにと感じる事も多いです。
赤木:確かに、指導者も過去の経験の範囲からしか指導ができないというのはありそうですね。
早川:今後はそういった部分にもアプローチしていきたいと思っています。以前、中学校の地域バスケチームに関わっていたんですが、その子たちのメンタルサポートをすると周りの指導者が驚くらいに成長した姿を目にしました。その時の喜びが忘れられなくて、選手たちが劇的に成長したり周りをあっと言わせたりする瞬間をつくりたいと思うようになりました。
赤木:日本ではどうしてもスポーツやメンタルというと、根性を鍛えるといったニュアンスが連想されてしまいますね。
早川:日本の場合は、まず選手と指導者の関係を見直す必要があると思います。元々、日本のスポーツは体育が起源と言われています。体を育む為のカリキュラムですね。それがスポーツという面も持つようになってきたのが今の状況だと思います。
赤木:体育とスポーツでは必要な指導の在り方も変わってきそうですね。
早川:そうですね。体育では指導者と選手はそのまま上下関係になっています。それは年上を敬う考え方からもきています。ですが、近年では社会が変わって、文化が変わってきました。その為うまくいかなくなってきたことも多く出てきています。例えばパワハラ、体罰問題もそうですね。
赤木:元々そういった事はあったけど、選手の意識が変わったから表に出るようになったというのはありそうですね。
早川:そういった点で、指導者の意識を変えていく事が必要だと思います。これは何もパワハラや体罰に限らない話で、指導者側が良かれと思ってやっている事でも、選手サイドの声が加味されてないため選手の納得を得られない事などもあります。
赤木:正解と納得解みたいな話ですね。
早川:その判断にあるリスクを理解した上で、選手にも責任を持たせることが大事だと思います。やらされていない分、選手達も納得しますし。それがもし間違っていても、間違いから学ぶ機会を得たと考える事もできます。全て指導者が環境整備してしまうと、そういった間違いから学ぶ機会が無くなってしまいますので。
赤木:常に正解を選び続けるというのは難しいですからね。社会に出てからは特に。
早川:まずは指導者と選手の関係作りです。指導者は選手の声を聞き、選手の責任を認めてあげる。選手は自分で判断する事を与えてもらった代わりに責任を取る。そうやって、お互いを尊重し合う関係性を作っていく事ですね。そういった部分で、スポーツ心理学が役に立ちます。指導者と選手のコミュニケーションだったり、練習環境・指導環境のアイディアなどはスポーツ心理学が担える部分でもあります。
赤木:指導者と選手が一緒につくっていくのが大事なんですね。
早川:そうですね。ともに学びあって良い練習環境をつくる事が大切で、スポーツ心理学や教育心理学はそういった場を作るのに役立ちます。
赤木:今後の目標やビジョンについてお聞きしていいですか?
早川:学校内外での選手やコーチのサポートは引き続きやっていきたいですが、今後は大学に勤めて、学生選手に関わっていきたいと思っています。例えば授業や研究室で学生を育てて、スポーツ心理学を広めていきたいです。
他にはセミナーや勉強会を開いたりして、スポーツ心理学や教育心理学を広めていきたいですね。スポーツ心理学、教育心理学の価値をレガシーとして残していきたいと思っています。
赤木:学問をレガシーにして残すというのは面白い発想ですね。
早川:目指すのはスポーツ心理学のようなサイエンスの領域と経験を合わせる事で新しい価値を生むことです。私は経験論を否定しているわけではなく、サイエンスとの組み合わせで価値が出るものだと思っています。
赤木:確かに、机上論だけで進めようとするのは難しそうですね。
早川:例えば指導者が職人のように経験を積むことも大事だと思っていますが、経験だけに頼って指導すると選手によって成長したりしなかったりしてしまいます。サイエンスはより多くの人に当てはまる法則ですので、そこを補完する事ができます。
とはいえ、それはあくまでセオリーであって、例外的な特徴を持つ選手も出てきます。そういった選手については経験で補完していく。両方の良い部分を融合していく事で、より良い選手育成ができるようになります。
赤木:なるほど、お互いの不完全な部分を補完する形ですね。
早川:近年はサイエンスが軽視される風潮にありますので、それを同等に価値あるものとして捉えて頂き、多くの人達に活用していってもらいたいと思います。