2020/01/20 19:00 244PV

アスリートにこそソーシャルメディアを!ソーシャルメディア活用で選手のキャリアを応援するスポタス人【スポタス人インタビュー】

五勝出拳一

スポタス人とは

スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。

スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。

今回は、『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』の著者、五勝出さんにインタビューをさせて頂きました。

スポタス人紹介

五勝出 拳一(ごかつで けんいち)

株式会社電通テック・電通ライブにてプロモーション領域の仕事に従事した後、株式会社Reviveにて、PR Managerを務める。

東京学芸大学では蹴球部に所属し、全日本大学サッカー選抜の主務を経験。

現在はアスリートのSNS活用や事業開発のサポートを始め、アスリートの価値と選択肢を広げることを目的として日々活動している。特定非営利活動法人izm 理事。

2019年12月、国内初のアスリートのソーシャルメディア活用本『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。

ブログ:https://note.com/gokatsu

Twitter:https://twitter.com/gokaken1

著書:『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』

赤木:サッカーはいつから始められたんですか?

五勝出:幼稚園からですね。そこから大学までサッカーを続けていました。友達に誘われたのがきっかけです。もともとあまりコミュニケーションを取るのが得意じゃなかったんですが、サッカーを通じて友達の輪ができたり、家族を含めたコミュニティがそこにできた事は自分の人生にとって本当にプラスになりました。

中学では柏レイソルの下部組織に入って、大学も一般入試でしたがセンター試験半分、サッカー半分で入学しました。センター試験が一次試験で、サッカーが二次試験にあたります。

赤木:サッカーで順調に道を拓いてきたんですね。

五勝出:ですが大学入学後に足首の怪我が思わしくないことが分かりました。手術をするかどうか悩んだのですが、将来スポーツに関わる仕事をしたかったことと、自分の競技レベルを考え、現役を引退することにしました。

赤木:入学1年目のタイミングでそれは辛いですね。

五勝出:その後4年間は学連(関東大学サッカー連盟)で運営や企画に携わりました。

大会運営の裏側を経験

赤木:学連ではどういった役割でしたか?

五勝出:インカレ決勝のPR責任者をやっていました。いかにお客さんを呼ぶかを考え、有名な元プロ選手やサッカー解説者の方をお招きしたトークショーを企画したり、事前告知やPR戦略の立案、実施などをやっていました。

他にはユニバーシアードが2年に1度開催されるので、大学サッカー日本代表のマネージャーとして選手のスケジュール管理や備品管理、運営まわりと告知PRなどもしていました。

赤木:学生でそんな大きな大会の運営を任されるものなんですか!?

五勝出:大学サッカー連盟は学生がリーグを運営しているので、実働は学生がしています。やろうとすればその分だけ任せてもらえる環境なので、全体のPR戦略も任されるようになります。社会人になる前にこういった経験をさせて頂けたのはその後の仕事にもとても役立ちました。

赤木:学生でそこまで経験させてもらえる機会はなかなかないですよね。

五勝出:実は炎上も経験しましたし(笑)

赤木:そうなんですか!?

五勝出:あまり詳しくは言えませんが、匿名掲示板に載ったりしていましたね。

赤木:その頃から既にソーシャルメディアとの関わりが始まっていたんですね(笑)

電通ライブへの入社とアスリートのセカンドキャリア支援

五勝出:就職先を選んだきっかけもリーグ運営の経験がきっかけです。

赤木:就職先は電通ライブでしたよね?

五勝出:はい。リーグ運営やお客さんへのPRをしていくなかで、プロモーションによって人を動かす事の難しさを感じました。と同時に、人を動かす事ができればそれは大きな力になると感じて広告・PR業界を志望しました。そこで、東京オリンピックにも関わりたいという想いもあって電通テック(途中から電通ライブへ分社化)への入社を決めました。

赤木:入社後はどんな業務を担当していたんですか?

五勝出:主にはイベントプロデュースです。企画からPM・現場運営・進行など幅広く担当していました。領域も広く、飲料メーカーやカメラメーカー、金融系のクライアントも担当しました。

赤木:確かにこれは学生時代の経験がフルに活きそうですね。

五勝出:広告系という事もあって決して楽ではなかったですが、充実した日々を送らせて頂きました。その時に仕事とは別でアスリートのセカンドキャリアについて情報発信をはじめました。

赤木:アスリートのセカンドキャリアというと、アスリートが引退した後にどんなキャリアを形成していくかという話ですよね。

五勝出:はい。これは学生の頃から課題意識を持っていて、学生時代から色んな情報を集めたりセカンドキャリア支援の会社を経営している方にお会いしたりお手伝いをしていました。また、社会人3年目の時にキャリアコンサルタントの資格も取得しました。

赤木:働きながらキャリアコンサルタントの資格取得は凄いですね。

五勝出:そんな中で自分なりにセカンドキャリアにアプローチするならどういう形が良いのか考えて、キャリアコンサルティングについて得た体系的な知識をアスリート用にカスタマイズしたプログラムを作り、色んな現役選手にフィードバックを頂きました。

赤木:五勝出さんのnoteにはアスリートのキャリアについての記事が沢山ありますが、それらもその一部ですか?

五勝出:はい、いくつかは切り出してnoteに掲載しています。そして現役選手から頂いたフィードバックを元にブラッシュアップした結果、今回出版させていただいた書籍のテーマ、アスリートのソーシャルメディア活用という一つの答えに行きつきました。

仮説と実際のギャップ

赤木:現役選手からフィードバックを頂いたということでしたが、最初に想定していた仮説と実際のギャップのようなものはありましたか?

五勝出:そうですね。私の想定していた仮説では、アスリートとしてのキャリア(引退)までではなく、人生を通した、いわばビジョナリーキャリアを想定し、そのゴールから逆算して日々の活動に落とし込むというものでした。ですが、実際に現役選手にそのプログラムを実施したところ、『言ってる事はわかるけど、初めの一歩で何をしたら良いか分からない』という感想をいただきました。

赤木:なるほど。企業の会社員であればゴールから逆算する思考はどこかで学ぶ事が多いですが、アスリートの場合はそうとも限らないんですね。

五勝出:もちろんゴールから逆算する方もいますが、多くのアスリートは目の前の課題を一つ一つこなして積み上げていくことが得意な人達です。その為、目の前で何を改善するか、どんなアクションがとれるかという小さな一歩を示す事が大事だと感じました。その観点で、ソーシャルメディア活用がフィットすると考え、アスリートに対してソーシャルメディア活用の支援を始めました。

赤木:ソーシャルメディアであれば無料で始められますし、情報発信のハードルも低いですからね。

五勝出:そこを支援することで、アスリートの価値を高められる。大きな絵を見据えながらも一歩を歩む。そうやって現役選手の中にある空気感を変えていきたいと思っています。私はアスリートではないですが、そんな私だからこそできる領域があると思っていますし、その中でアスリートから必要とされる役割を果たしたいです。

出版までの経緯

赤木:でもnoteで人気になったのがきっかけとはいえ、noteを始めてまだそれほど経っていないですよね?書籍化ってなかなかそんなにすぐにはできないと思うんですが。

五勝出:noteで情報発信を始めたのは一昨年の7月くらいですが、たまたま出版社の方が同様のテーマで江藤美帆(えとみほ)さんにオファーを出されていて、その共著者としてお声をかけて頂きました。

私が発信していた内容はあくまでも外部からアスリートを支援する側の視点ですが、えとみほさんはITベンチャーの創業を経て栃木SCの経営を担っている方ですし、同じく共著の飯高悠太さんはマーケティングのプロフェッショナルと言える方です。

そのようなトップランナーの皆さまとタッグを組み、アスリートの視点、クラブ運営者の視点、ソーシャルメディア運営者の視点も交えた事例を盛り込む事で、ソーシャルメディア活用の全体像が見えるような一冊になっていると思います。

赤木:アスリートにとってソーシャルメディア活用のガイドラインみたいな一冊ですね。noteで人気になるまでに工夫された事などもありましたか?

五勝出:これはテクニック的な要素でもあるんですが、自分の書いた記事の内容が誰に向けて刺さるかを明確にイメージして書いていました。それで面白いと思って下さったアスリートの方やインフルエンサーの方がTwitterで拡散して下さって、認知して頂けるようになったと思います。これも仮説検証を繰り返して勉強しながらスモールステップでやっていましたね。

赤木:まさに本の内容をご自身で実践されたんですね。

社長との出会いから転職へ

赤木:現在は株式会社Reviveに所属されているかと思いますが、 転職のきっかけをお聞きして良いですか?

五勝出:きっかけは弊社代表の前田との出会いです。共通の先輩の紹介で会ったのが最初なんですが、その前から前田は私のnoteを読んでくれていて私の事は知っていたそうです。ちょうど私も広告の仕事からアスリートのサポートへ仕事の軸足を移したいと思っていたところだったので、今の会社への転職を決めました。Reviveはアスリートの価値を最大化させる事を目的にしており、アスリートのマネジメントやアスリートのソーシャルメディアアカウントを育てて得た収益をレベニューシェアするビジネスモデルを作っています。面白いのは社長の前田自身が現役のアスリートで、Xリーグで活躍するアメフト選手という事ですね。

赤木:現役のアメフト選手で社長というのも凄いですね。

五勝出:スタートアップ企業ですが去年の6月に資金調達も実施しています。やはり現役アスリートが社長というのはインパクトが大きいですし、これも現役アスリートが持つ価値だと思います。

消費されるアスリートたち

五勝出:今のアスリートを取り巻く課題でキャリアと同じく深刻なものとして、選手たちが『消費』されているという点があります。

赤木:『消費』ですか?

五勝出:アスリートがピッチの外で価値を出すにはテレビや広告で企業や商品の宣伝をするのがメジャーですが、その場合、アスリートのキャラクターはメディアや広告主の意向によって変わってきます。ですが、選手がピッチの外で輝き続けるのは難しく、引退後も同じように価値を出し続けるのは困難です。これはアスリートに限らずタレントやアーティストもそうですが、彼らは現役でいられる時間がとても長い。

赤木:確かに、年齢でパフォーマンスが落ちるという事があまり無いですからね。

五勝出:だからこそアスリートの生涯の価値を高めていくパートナーが必要で、その為に私達のような会社があります。

アスリートの価値を広く高めたい

赤木:今後の目標についてお聞きして良いですか?

五勝出:個人としてはアスリートのセカンドキャリアや価値を高める仕組み、エコシステムを確立したいと思います。それはReviveの事業も含めて、どんな在り方が良いか模索しています。一つの取り組みとして、JFLの地域リーグ、育成年代の保護者や指導者向けにアスリートのキャリア教育をしています。これはボトムアップを狙っての活動で、ボトムのリテラシーを底上げする事で全体の意識を変えていく事を目的にしています。併せてトップ層へのアプローチも行っていて、トップアスリートのピッチ内外での行動が変わるようにお手伝いしています。後はアスリートのキャリアに関する資格も作りたいと思っています。

赤木:キャリアコンサルタントのアスリート版ですか?

五勝出:そのイメージです。例えばアスリートフードマイスターという、アスリート専門の食事プログラムを作る資格があります。キャリアコンサルタントについても同様で、アスリート専門のキャリアコンサルティングのプログラムを作って、保護者や指導者が選手の人生に寄り添う手助けができるようにしたいと思っています。

赤木:なるほど、アスリートのキャリアについて体系的に指導できるように設計されているわけですね。

五勝出:そうです。そういった情報を体系的にまとめて配布することで全体のリテラシーを底上げして、アスリートの価値を広く高めたいと思っています。今まさに、同世代のJリーガーおよびアスリートの皆が次のキャリアに悩み始めています。彼らの助けになれるよう、私自身がスポーツ界でポジションをとって明確にサポートできるようになりたいと思っています。

赤木:素晴らしい目標ですね。

五勝出:私は自分のキャリアにおいて、スポーツ×広告×キャリアという三つの軸を持っていると思っているので、この組み合わせを活かしてできる事を模索していきたいですね。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回はアスリートの生涯価値を高めるためのソーシャルメディア活用術という、新しい発想でアスリートを支援するスポタス人をご紹介しました。

スポタスでは『スポーツ+何か』を持った人をこれからもご紹介していきます。

この記事の記者紹介
スポタス編集部

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TAKA:そう、今年は厄年 笑 KODAI:それ、前にTAKAさんから聞いてたからフラッシュバックしましたよ。 YUKARI:TAKAさんが出るなら私はスタメンにならない予定だったんですけど、なんだかんだで自分は出ないだろうって気持ちと、出たいって気持ちの両方がありました。だからTAKAさんのギックリ腰の話を聞いた時、自分がTAKAさんの分まで戦おうと決意しました。最初はフィールド外から叫んで応援するイメージでいたんですけどね 笑 印象に残った試合 赤木:激戦が続いていたと思いますが、その中でも特に印象に残ってる試合ってありますか? KODAI:やっぱり『わちゃわちゃ☆ピーポー』との試合は特別でしたね。 DAI:わちゃわちゃ☆ピーポーは漫画の『スラムダンク』でいうところの『山王工業高校なんです』 赤木:山王工業高校というと、高校バスケの絶対王者みたいなチームですよね? KODAI:そうです。現日本ランキング1位のチームで、前日にも練習試合をしてたんですが30試合やって4回しか勝ててないようなチームです。 DAI:漫画では主人公のチーム『湘北高校』が全国大会2回戦でこの山王工業と当たります。わちゃごな☆ピーポーも、決勝トーナメント1回戦でわちゃわちゃピーポーと当たりました。その試合で勝つ事ができたのは本当に漫画みたいな話でしたね。 DAI:このあたりは特にYUKARIさんが感じてたんじゃない? YUKARI:元々わちゃわちゃ☆ピーポーに所属してグランドスラムも取った事がありますし、多くの経験をさせてもらったチームだったので、色んな気持ちがありましたね。あの試合で全部やりきった感じがあって、ヘロヘロで疲れ切ってしまいました。 KODAI:実はわちゃわちゃ☆ピーポーは僕らと兄弟チームで、毎週一緒に練習しています。月200試合くらいは練習試合していますし。お互いにリスペクトがあるので、あの大舞台で勝てたのは嬉しいですね。それでもわちゃわちゃ☆ピーポーは強くあり続けてくれるチームだし、目標でもあるチームですからまだまだ学ぶ事は多いです。ある意味感謝の気持ちもあります。 YUKARI:バスケのブザービーターじゃないですが、最後の0.1秒まで諦めない気持ちで向かっていくことができたと思います。 DAI:前に皆で「チームとして何を大事にするか」を話合った事があります。底力が大事だと言うのは共通の認識であったんですが、SHOTAさんは無邪気さや魅せるプレーを、KODAIさんはエンターテイメント性、YUKARIさんは熱さ、TAKAさんはスポーツマンシップと、それぞれ大事にしているものがありました。HADO WORLD CUPではそれらが形になったと思います。 YUKARI:前の大会とかでは全くかみ合わなくて、大丈夫かと心配していましたけど、最後に皆の理想が一つになりました。 KODAI:大会を盛り上げた『ベストパフォーマンス賞』を取る事ができましたが、自分達でそういう実感は全く無かったんですが、そういったものが伝わったのかと思えて嬉しかったです。 YUKARI:自然にやってたので、「え!?自分達が?そんな賞あるの?」って感じでした。 DAI:漫画の『スラムダンク』で安西監督が「ぶるっ」ってきたのって分かりますか? 赤木:主人公チームの監督ですよね。主人公の桜木花道が自分の期待を遥かに超えるパフォーマンスを見せたとき、「ぶるっ」って震えたんですよね。 DAI:今回のHADO WORLD CUPはまさにそんな感じでしたね。 赤木:確かに、逆境の中、一人一人の個性が噛み合ってチームとしての力を発揮する姿はスラムダンクを彷彿としますね。 目指すはHADO界の発展 KODAI:一年前、TAKAさんとやってる時は勝つ事しか考えてませんでした。でも今は順位が下でも、自分達のやりたい事が明確、それがHADO WORLD CUPで伝わったのが嬉しいですね。 YUKARI:確かに。昔は一位以外は考えられなかった。 KODAI:お客さんも少なかったですし、昔は自分達の勝ち負けに重きを置いていましたね。 赤木:これから先の方向性などは皆さんの中で決まっていますか? SHOTA:実は今度、これからのチームの事を話し合う予定なんですが、個人的にはHADO自体をもっと盛り上げていきたいと思っています。チームとして魅せる事、勝つ事も大事ですけど、わちゃごな☆ピーポーからHADOを盛り上げる活動を増やしていきたいです。後は小さい子の為のキッズスクールとかもやっていきたいですね。 KODAI:僕もSHOTAさんに近いですね。HADOは楽しいし、個人としてもチームとしてもトップを目指し続けたいです。でもそれを追い求めるには、HADOが続いている事が大事です。もっと言うと、HADOでお金がまわるようにする必要があります。わちゃごな☆ピーポーとして、自分達以外にもHADOにのめり込んでくれる人が増えるような世界を作りたいですね。 今までは多少はできていましたけど、外を見れていませんでした。これからプレーヤーとしての練習と並行して、外を目指してHADOを普及するような動きをしたいですね。 YUKARI:HADO界では女性は1割~2割程です。私はHADO界で女性プレーヤーを増やして、男女比率を同じくらいにしたいと思います。HADOは女性だから男性に勝てないというわけじゃありません。だから女子選手の代表として、男女で一緒にできるスポーツを目指してもっと女性プレーヤーを引っ張っていきたいと思っています。その為にも女性初のゴールデンエナジー賞(個人MVP)を獲れるようになりたいですね。 TAKA:ウチのチームはこの3人みたいに外に向かって打ち出せるメンバーが多いので、自分はチームの中身、底固めをしたいと思います。今のチームは初めて3か月の粗削りなチームで、HADO WORLD CUPでは偶然、一瞬歯車がかみ合いました。これが外れないようにできるようしたいです。 なんだかんだで他の大会では負けているので、負けてる理由を見つけて改善していきたいです。個々のスキルが変わっている訳ではないので、そこをいかに伸ばして、本当の頂点を目指していきたいです。 後は個人としては最年長プレーヤーとして現役を続けていきたいと思います。サッカーのキングカズ(三浦知良)は52歳で現役ですが、カズが引退する年齢までは続けていきたいと思います。 DAI:長期的な目線で言うと、愛されるチームを作りたいと思います。スポーツチームである以上、強さから外れては駄目です。でも強さだけでも良くない。人に勇気を与えられるチームを目指していきたいです。HADO WORLD CUPでは見ていた人に「見ていて勇気をもらえた」と言ってもらえました。自分達のプレーを見て、人が勇気を持ってもらえるようなチームであるようにしたいですね。 まとめ いかがでしたでしょうか。 HADOという次世代でトップを走りながら、競技の普及を目指す姿は他競技のトップ選手と同じと感じました。 スポタスでは『スポーツ+何か』を持った人をこれからもご紹介していきます。
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コーフボール競技者がオランダ移住を経て日本で競技普及に勤めるワケ【スポタス人インタビュー】

スポタス人とは スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。 スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。 スポタス人紹介 眞柴 啓輔(ましば けいすけ) 2012年株式会社リクルート入社(分社後の株式会社リクルートライフスタイル)。MVP受賞等、営業マンとしての活躍を経て2015年にオランダで独立。 2017年に日本とヨーロッパを繋ぐ物流の取次営業会社として英国法人JDENL LTDを設立。現在は「Sports world」というベンチャースポーツのプラットフォーム事業を運営している。 ライフワークとしてコーフボールというオランダ発祥のスポーツを行っており現在も日本コーフボール界を牽引する。 Sports world 公式HP:https://www.my-spw.com/  Twitter:https://twitter.com/massy47   ▲コーフボールのイメージはこちらを参考にして下さい。 サッカー、バスケからコーフボールへ 赤木:コーフボールというとバスケに近いイメージですが、国内の競技人口は何人くらいですか? 眞柴:日本では1000人くらいですね。協会に登録してチームに入っている人数で言うと100人~150人くらいだと思います。競技者の割合で言うと、バスケやハンドボールをやっていた人が多いですね。 赤木:眞柴さんご自身も過去にバスケを経験されていたんですか? 眞柴:そうですね。小学校ではサッカー部で、バスケは中学・高校でやっていました。大学でもバスケはサークルでやっていましたが、他にも色んなスポーツをフットワーク軽くやっていました。 赤木:スポーツのキャリアとしてはバスケが一番長いんですね。 眞柴:コーフボールを知ったのは大学の後半からで、バスケサークルの友達の地元でコーフボールのチームがあって誘われた事がきっかけです。私は理系の大学に通っていたんですが、周りが男子ばかりで、男女混成でできるコーフボールが楽しそうだと思ったこと、日本代表になれるかもしれないと思った事が理由で始めました。 赤木:『日本代表』はベンチャースポーツをやる上で大きなモチベーションになりますよね。 ▲日の丸を背負って世界と戦えます コミュニティを支援しようと本格的にコーフボールを始める 眞柴:本格的にコーフボールを始めたのはまた別の理由があって、当時コミュニティや人の集まりを支援するNPOをやっていて、勉強会や地域の子ども会や自治体の支援などをしていました。その一環としてコーフボールを活用できないかと考えたんです。 赤木:競技経験が少ない方が実力差が出なくて良さそうですね。 眞柴:それにコーフボールは男女混合でできますし、誰でも楽しめるスポーツだからちょうど合うなと思いました。ただ、元々入っていたチームがあまり外向けにオープンではない文化だったので、それを変えるところからまずは初めました。 長崎でもコーフボールを広める活動を 眞柴:就職してからもコーフボールの普及をしていたんですが、ここで長崎転勤の話が出てきました。 赤木:せっかく普及に力を入れていたところでそれは痛いですね。 眞柴:転勤して1年くらいはコーフボールができずにいたんですが、地域にも馴染んできたので、今度は長崎でコーフボールの普及活動を始めました。併せてプライベートでも地域の活動に関わったりと、地域に根差した活動に力を入れました。 赤木:地域と密接に関わるのは良いですね。 眞柴:元々東京にはコーフボールのチームが1チームだったのですが、ちょうど名古屋で就職したメンバーもおり、「それぞれチームを立ち上げれば大会ができるな」と話し、長崎でチームを立ち上げた後に日本選手権を開催しました。 赤木:大会を開催すると全体としても団結感が出ますよね。 眞柴:長崎のメンバーからしても県外の関わりを作る貴重なきっかけになりました。その後も、名古屋の選手が長崎に遠征したりと、全国で絆が生まれましたね。 赤木:順調にコーフボールのネットワークができてきてますね。 眞柴:ところがここでまた転勤の話が出ます 笑 赤木:ここでまた転勤になってしまうんですね 笑 眞柴:次の転勤先は岡山でした。でも長崎に作ったチームのメンバーもコーフボールを続けてくれたので、岡山でもチームを作ろうと思って、岡山でもチームを作り始めました。この時は長崎での経験が活きて、順調に人が集まってくれました。 赤木:チーム作りのコツを掴んだんですね。 眞柴:同時に、コーフボールというコンテンツが良いと確信しました。全国大会で30過ぎたおじさんが本気で感情を出して、本気で涙するんです。これは社会にとって本当に価値がある活動だと確信しました。 赤木:社会に出ると、仕事以外で何か目標を持つ事も少なくなってしまいますからね。 コーフボールの本場で修行 眞柴:同時期に私はコーフボールの日本代表になっていたんですが、よりレベルの高い世界でコーフボールを学びたいと思い、面倒を見てくれていたの台湾代表監督に修行の相談をしました。 赤木:台湾ですか? 眞柴:コーフボールはオランダ発祥のスポーツでオランダが世界ランキング1位なんですが、次いで台湾が2位なんです(※2019年夏まで・現在は3位)。それで修行の相談をしたところ、オランダでの修行を提案頂き、2週間ほどオランダに行きました。 赤木:実際に行ってみてどうでしたか? 眞柴:やはり全然レベルが違っていました。それでオランダに暮らしたいと思うようになって、仕事を退職して3年間オランダに住みました。 赤木:退職して3年もですか?!凄い行動力!! 眞柴:タイミング見てまた住みたいとも思っています。 赤木:お仕事を退職してオランダに移住したんですよね。オランダではどんなお仕事をされていたんですか? 眞柴:元々コーフボールに使う用具が日本で作られてなく、オランダで仕入れて日本で販売するという形式をとっていました。その中で国際物流に課題感を持った事もあり、個人事業のビザをとって物流の仲介営業をやっていました。ヨーロッパは国際展示会が頻繁で、日本企業も欧州への商品展開の入口として出展しているケースが多いんですが、それ以降の物流ノウハウが少なく、そこを現地に住んでいる私が仲介する事でスムーズに進むようにしていました。当時はドイツ各都市・パリ・ロンドン・ミランなどを周っていましたね。 赤木:語学の壁は無かったんですか? 眞柴:英語は学生の時に半年ほどアメリカに留学した事もあり、日常会話はできるかなというくらいでした。でもオランダ語は全く分からなかったので、オランダでコーフボールのチームに入った時は苦労しました。今でもビジネスで細かいやりとりをしようと思うと難しいですね。 赤木:そんな状態でオランダまで行ったんですね。 眞柴:少なくとも行かないと話せるようにはなれないですから、話さないといられない状態に自分を持って行けば何とかなると思っていました。 赤木:バイタリティが凄い。。 眞柴:長崎にいた時も岡山にいた時も、周りはコーフボールの応援をしてくれたし仕事も順調にやらせてもらっていましたので何の不満もありませんでした。それでも充実を求めてオランダに行きました。突飛なチョイスに思えるかもしれませんが、生活の安定や基盤は何とかなると思っているので。その後、日本のコーフボールを盛り上げる為に一時帰国して今に至ります。 自分の人生を自分で選択する 眞柴:小学校6年生のクラスが好きで、そこには仲間達がいて、毎日が凄く楽しい時間でした。このまま時間が止まって欲しいと思てたくらいです。でも、一緒に遊んでた人が私立の学校に行ったりして別々になってしまい、中学に入ると物足りなさを感じるようになりました。 赤木:小学校で充実した時間を過ごしたなら確かにそうなってしまいそうですね。 眞柴:学校の成績が良くても充実感は無いですし、高校受験もあって個別指導の塾に行ったんですが、そこも面白いと思えない。 赤木:全力を懸けるようなものではなかったんですね。 眞柴:でも、スクール形式の塾で一番上のクラスに行ってから変わりました。目標に向かって同じクラスの生徒と切磋琢磨していくのが楽しいと思えるようになったんです。一緒に何かを目指して頑張れる仲間がいる。恥ずかしくなく本気でやっている仲間といる時間が人生において充実になると感じました。 赤木:周りも本気で何かに取り組んでいると、自然と空気感が変わってきますよね。 眞柴:大学に入ってからは学生団体の副代表として色々な企画や運営をやったり、シェアハウスの運営をやったりしていました。そこで会う社会人の方やフリーランスの方、事業家の方など自分で自分の人生を選択しているように映って、自分もそんな生き方をしたいと思うようになりました。 赤木:大学に入って色んな大人の人達がいると知ったんですね。 眞柴:そうですね。高校まではレールに乗ってしっかりと部活も勉強もやっていましたし、特に不自由は感じませんでした。でも、やりたいと思っていない事をやって、決められた時間に学校に行く日々に対してモヤモヤ感も感じていて。将来についても、年収が高い会社に入るのが良いと言われていましたし。 でも、自分らしく生きてる人達と出会って、自分も同じようにやっていけるんじゃないかと思えるようになりました。 赤木:その変化が眞柴さんの中で大きかったんですね。 コーフボールの価値をより多くの人に知ってもらいたい 赤木:今後の目標などについてお聞きして良いですか? 眞柴:日本でコーフボールを盛り上げていく事はもちろんですが、そのモデルを他の国にグローバルな展開をしていきたいと思っています。コーフボールで世界が繋がるような普及モデルを推進したいですね。 赤木:グローバル展開は大きな目標ですね。その時、眞柴さんの拠点はオランダですか? 眞柴:オランダ6:日本4くらいのバランスでいたいですね。やはり競技者としてより上を目指そうと思うなら本場のオランダにいる方が良いですし、国際コーフボール協会の拠点もオランダにありますので、そこで最新の情報を常にキャッチアップしていきたいという気持ちも強くあります。 赤木:やはり将来的にはオリンピック競技化も目指していくんですか? 眞柴:そうですね。コーフボールにはオリンピック正式種目になれる可能性があると思っています。オリンピックで正式種目になるためには75か国で競技協会がある必要がありますが、コーフボールは現在69か国で競技協会があります。これが75か国を超えたタイミングでヨーロッパで開催されればチャンスはあると思っています。 赤木:夢のある話ですね。 眞柴:オランダでは3世代くらい通して同じクラブに所属する事もポピュラーで、そこは学校や職場と違った繋がりの下、地域のセーフティネットになっています。日本でも地域総合型スポーツクラブが注目されていますが、コーフボールはそういう意味でも凄くマッチしていると思います。オリンピック正式種目になれば、日本でもそういった形でコーフボールを定着できる可能性はあるはずです。ぜひそこを目指していきたいです。 Sports worldの取り組み 赤木:眞柴さんはコーフボールだけじゃなく、ベンチャースポーツ全体を盛り上げる為の取り組みも力を入れていますね。 眞柴:Sports worldですね。Sports worldはコーフボールに限らず、他のベンチャースポーツについても広めていく取り組みになります。コーフボールだけじゃなく、世界には面白いベンチャースポーツがありますので、そういった各スポーツの良さに触れてもらって、そこから自分に合うベンチャースポーツを探してもらえたら最高です。 ▲Sports worldでの一枚。話題の競技『クィディッチ』をプレー まとめ いかがでしたでしょうか。 日本とオランダを股にかけ、コーフボールを普及する姿は新しいグローバル人材の姿だと思います。 スポタスでは『スポーツ+何か』を持った人をこれからもご紹介していきます。