2019/10/08 10:00 1279PV

Jリーグを目指さないサッカークラブ。サッカーの無限の可能性を広げ、価値を伝えていきたい。FC.BANDELIE(バンデリエ)の挑戦【スポタス人】

インタビュー

スポタス人とは

スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。

スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。

スポタス人紹介

岸 幸太郎

1990年 大宮生

幼少期よりサッカーを始める。中学時には高円宮杯U-15サッカーリーグ・Jユースカップ全国優勝。高校時には高円宮杯U-18サッカーリーグ全国優勝を果たす。

その後、東京学芸大学に進学し、教員免許取得に向けて勉学に努めながら、蹴球部では部の副主将・ゲームキャプテンも担い、組織運営を経験する。

現在は社会人として働きながら、自身で創設した社会人サッカークラブ『FC.BANDELIE』のクラブ運営を行う。

インタビュー

サッカーを始めたきっかけ

赤木:まずはサッカーを始めたきっかけからお話頂いてよろしいでしょうか。

岸さん:サッカーを始めたのは4歳頃です。当時は幼稚園の年中で、近所のお兄さん達が公園でサッカーしているのに混ざったのがきっかけです。大宮に住んでいたのですが、浦和から近いということもあり、比較的サッカーが盛んな地域でした。

赤木:サッカーが盛んな地域だと、幼少期からサッカーに触れる事が多いですよね。

岸さん:そうですね。そこから幼稚園のサッカークラブに入り、小学校では地元のサッカー少年団に入団しました。幼稚園の頃はプロサッカー選手とかを目指していたわけではなかったのですが、近所のお兄さん達と一緒にプレーしていたことで同年代よりは運動神経も良かったかもしれません(笑)

そういったこともあり、小学校ではキャプテンなどを任されたり、チームの中心選手として、トレセンに選ばれたりもしました。それが小学4年生の頃ですね。そのあたりから本格的にプロを意識し始め、平日には別のスクールに通ったりもしていました。

▲幼少期時代の活躍の一枚

赤木:そしたら練習はどれくらいの頻度でされていたんですか?

岸さん:小学校低学年までは土日だけでしたが、中学年あたりから平日はクーバーコーチングのサッカースクールに入り、週4~5日の頻度で練習をしていました。平日練習のおかげもあり、トレセンに選ばれたり、小学生の一番大きな大会で少年団の歴史上でも上位に入るくらいの結果を残せたりしたと思います。

中学・高校時代の活躍

赤木:めちゃくちゃエリート少年だったんですね!小学校を卒業した後はどうされたんですか?

岸さん:いや、そんなことないですよ!卒業した後は、浦和レッズの下部組織である浦和レッズジュニアユースに入りました。

赤木:入るのは難しいんですか?試験とかあるのでしょうか?

岸さん:小学校6年生の時に試験があるんですが、大体500~600名が参加します。その中から20名弱が選ばれる形となります。

同期には、現在プロサッカー選手として活躍している山田直輝選手、高橋峻希選手、永田拓也選手などもいました。

赤木:中学・高校での結果や成績を教えてください。

岸さん:中学3年生時に夏・冬と全国優勝し、高校3年生の時にも、最後の大会(高円宮杯)で日本一になったことです。

▲中学時代、高円宮杯U-15サッカーリーグ・Jユースカップ日本選手権優勝!

 

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▲高校時代のTOPチームとの練習試合風景。高円宮杯U-18サッカーリーグでは全国優勝を果たす。

怪我に悩まされる時期

赤木:そしたら順風満帆な青春時代だったんですね!

岸さん:いえ、中学3年生の日本一になった大会の予選で怪我をしてしまい、そこから怪我を繰り返していく生活になりました。

赤木:怪我の箇所はどこだったんですか?

岸さん:そのときは足の甲にヒビが入ってしまい、そのあとは腰を痛めたり、股関節を痛めたりと、怪我には長い間悩まされましたね。

赤木:ちなみに今は完治されたんですか?

岸さん:今はもう大丈夫なんですが、その時期に怪我をしたことでまわりとの差が少しずつ離れていきました。怪我を言い訳にして、本来できる事もできないと思い込むようになってしまったり、逆に治り切っていないのに試合に出場してしまったり、色々ともがいていた時期でした。

プロを諦めるまで

赤木:それは大変でしたね。 高校卒業後はプロになれず、どうしたんですか?

岸さん:大学サッカーに進み、4年間プロサッカー選手を目指して再出発しました。ただ、結果的には、プロにはなれず、部活の引退と同時にプロサッカー選手を諦めました。

赤木:プロサッカー選手を諦めたときはショックだったんじゃないですか?

岸さん:それほどショックでは無かったです。高校最後の大会で決勝だけメンバーに入れなかったことがすごく悔しくて、大学サッカーでは、必ず試合に出て自分の力をピッチで表現したいと思っていましたので。やれることはやっての結果だったので現実を受け止められました。

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▲大学4年生時には部の副主将・ゲームキャプテンとして活躍

卒業と『アローレはちきたFC』のチーム運営

赤木:大学卒業後はどういった進路に進まれていたかお伺いしてもよろしいですか?

岸さん:文部科学省のプロジェクトメンバー(派遣アスリート)として、小学校や地域のスポーツクラブに派遣されていました。スポーツクラブは「はちきたSC」という名前ですが、そこにあるサッカーチーム「アローレはちきたFC(現:アローレ八王子)」のチーム運営にも携わりました。

なので小学校では体育の授業を担当したり、体育の苦手な先生にアドバイスをしたり、アローレではクラブ運営をしたり、サッカースクールのコーチなどもしていました。

赤木:派遣アスリートという立ち位置でクラブ運営までするって、かなり大変だったんじゃないですか?

岸さん:確かにハードでした。でも大学で学んだ教員もできて、自分の好きなサッカーをすることも、教えることも、支えることも経験できたのでとても充実していました。

それにNPO法人として地域密着のクラブ運営をしていたため、仲間と地域の人を巻き込めれば、チャレンジしたい事をチャレンジさせてくれる環境だったのですごく貴重な経験でした。そういったこともあり、サッカーのチーム運営から、クラブ経営で学ばせてもらうことができたと思います。

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▲はちきたSCでは、チーム運営、コーチ、選手として活躍

 

赤木:具体的な取り組みなどお聞きしても良いですか?

岸さん:私がクラブに入った時のサッカーチームは、リーグの中で下から3番目くらいで、練習に参加する人数も3人だったり、ひどい時は1人しかいなかったりしていました。

それでもJリーグを目指すと掲げていたので、どうにかしなければいけないということで、選手への関わり方、SNS活用、練習の見直し、選手の補強、セレクションの導入、監督の招聘など新しい取り組みをたくさん仕掛けていきました。

赤木:改革を行ったんですね。それで結果はどうでした?

岸さん:2年在籍していたんですが、降格争いをするチームから、昇格争いができるチームまで成長しました。

赤木:その経験は大きな財産ですよね。

スポーツクラブの立ち上げ

赤木:その後もサッカーに関わってお仕事をされてきたんですか?

岸さん:はい。地元に戻って、総合型地域スポーツクラブを立ち上げました。

赤木:総合型地域スポーツクラブ?

岸さん:地元で育った人や、その地域に住んでいる人達がスポーツや文化活動で集まれる場という立ち位置の地域に密着したスポーツクラブです。はちきたSCが総合型でしたので、自分も地元に総合型のスポーツクラブを創りたいと思って始めました。

赤木:規模は大体どれくらいだったんですか?

岸さん:2年で100名くらいまで集まりました。年齢層は3歳~80歳と幅広かったですね。

FC.BANDELIEの設立

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▲仲間達との1枚

 

赤木:FC.BANDELIEについては、いつくらいに設立されたんですか?

岸さん:スポーツクラブを立ち上げて2年目ですね。2016年の1月です。サッカースクールの子どもたちにとって、将来の憧れとなるようなチームを創りたくて設立しました。

赤木:FC.BANDELIEは社会人クラブですよね?

岸さん:社会人メインですが、今は大学生もいます。それと、子どもとの関りも少しずつ増えてきていて、普及活動の一環として、葛飾区の子どもたち中心にサッカーを教えたりもしています。将来的には育成チームも創りたいと思っていますし、シニア層のチームも創りたいと思っています。

赤木:幅広い年齢層に展開していく事を視野に入れているんですね。

岸さん:そうですね。私の理想としては、子どもから年輩の方まで、サッカーを通じて様々な人が繋がるようなコミュニティを作りたいと思っています。

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▲クラブ代表兼選手として活躍

拠点を持たないサッカークラブ

岸さん:実はFC.BANDELIEは特定の拠点がまだ決まっていません。

赤木:そうなんですか?

岸さん:正直、無いなら無いでそれもアリかなと思っています。特定の地域だけを巻き込むなら拠点が合った方が勿論良いんですが、地域を特定してしまうと他の地域の方々との関りも薄くなってしまい、できることも限られてしまうのではないかなと考えています。

案外、特定の地域を拠点にしない方がより多くの方々と関わることができ、沢山のファンもついて下さるんじゃないかなと思っています。その分大変ではありますが、Jリーグ参入を目指さないクラブだからこそできることだと思いますね。

FC.BANDELIEの目的

赤木:先ほどお聞きした話と重なるんですが、FC.BANDELIEのチームとしての目標をお伺いしても良いですか?

岸さん:現在の目標は1部昇格です!ただ、それは手段の一つでしかないです。

FC.BANDELIEの目的は「サッカーから新たな価値発見の機会を創出し、より充実したライフスタイルに貢献する」ということです。つまり、より多くの方々の生活に貢献できるようなクラブとなり、「サッカーの可能性を広げ、価値を伝えていく」ということです。

価値を伝えていくための手段として、強くする・広報する・触れ合うなどを意識して活動しています。サッカーである程度強くならないと、興味すら持ってもらえないと思いますしね(笑)。

赤木:岸さんの考えるサッカーの価値ってどういった所にあると思われますか?

岸さん:人を成長させ、人と人を繋げられる無限の可能性を秘めているところです。

私はサッカーで育てられた人間です。サッカーがあるからこそ、様々な考え方、生き方、人と繋がりを形成してきました。

サッカーは人を育てる事も、繋げることもできるスポーツだと思っていますし、それがサッカーの価値だとも思っています。

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赤木:その価値を伝える相手は地域の人達になるんでしょうか。

岸さん:地域の人というより、自分たちと関わりのある方々になりますね。正直、『日本サッカー界を変える!』というよりは、身近な人達の考え方や在り方を変えたいと思っています。

今の子どもたちは目標がYoutuberだったりプログラマーだったり、クリエイター寄りな印象を受けます。それが悪いという訳ではないですが、少なからず社会的なサッカーの立ち位置が低くなり、それに伴う親の判断軸、子どもにさせる習い事も変化してきていると思っています。それは教員をしていたときにすごく感じました。

赤木:そのような状況にはなぜなってしまったのでしょうか?

岸さん:その要因の1つとしては、よく言われているアスリートのセカンドキャリアが明確に打ち出せていないという状況もあると思っています。

サッカー選手になったとしてもセカンドキャリアで苦しむ、プロを目指してもなれなくて就職に悩んでいるなどです。

だからこそ、プロになっても、なれなかったとしても、最終的に社会人として活躍していて、それがサッカーのおかげと皆が胸を張っていえる社会をつくっていく必要があると考えています。

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▲ファンの方と一緒にBBQイベントを開催する事も

今の選手達に足りないもの

赤木:岸さんから見て、今の現役選手に「もっとこうしたら良いのに」と思う事って有りますか?

岸さん:選手として食べていけなくなった時のことは、プロになった時から常に意識しておいた方が良いと思います。もちろん現役中は、活躍をして日本代表や海外などを視野に入れて頑張らなければいけないとう考えもあると思います。

ただ、世の中も変わってきて兼業や副業、パラレルキャリアやデュアルキャリアという言葉が広がってきているように、いかに現役中から次の事を考えながら活動していくかが重要だと考えます。プロとして生涯年収以上を圧倒的に稼げれば最高ですが、それがダメだった時にどうするかを考える事が大事ですね。仕事でいうリスクヘッジです。

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赤木:その辺り、なかなか難しいところですね。現役でいる間からダメだった事を考えると言うのは、気持ちで負けてしまうような感じになってしまいそうで。

岸さん:リスクヘッジに対してなかなか腑に落ちない部分は有るでしょうね。例えば複業を考えるにしても、どうしても今の価値観だと選手と商売をかけもちする事は非難されがちだと思いますし、だったら体のケアやトレーニングに費やせというファンもでてくるでしょう。

赤木:そんな現状をFC.BANDELIEとしてどのように解決していきますか?

岸さん:直接的な変化を促すのではなく、間接的に変化を増やしていくことで解決できると考えています。

サッカーをしていたことが社会での活躍に活かされている人や、逆に今悩んでいる人のサポートをしてくことで数年後に活躍できていたり、FC.BANDELIEがたくさんの方々のハブとなっていき、プロがゴールではない、サッカーがあったから今がある、という人がいるということを世の中に伝えていきたいです。

また、現役選手とビジネスを繋ぐような動きができても面白いと思います。FC.BANDELIEはサッカーチームではありますが、沢山の方々のハブとなり、活躍の後押しや課題の解決ができるクラブになっていきたいと思います。

そしてサッカーの無限の可能性を広げ、価値を伝えていきたいと思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、『サッカーの価値を伝える』と言う事を軸に、サッカーを通じての人としての成長やアスリートのキャリア形成など多岐に渡ってお話頂きました。

スポタスでは『スポーツ+何か』を持ったスポタス人をこれからもご紹介していきます。

この記事の記者紹介
スポタス編集部

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副業の代わりに企業内部活動?企業内部活動の意義や価値についてコミュニティデザイナーはこう語る

働き方改革が叫ばれ、大手企業の中でも副業解禁の流れが起きています。また、生産性向上の為、労働時間を削減する動きも多くあります。 反面、フリーランスの人口が減少していると言う統計結果もあり(後述参照)、働く人々のニーズをハッキリと捉える事が難しくなっています。 このような動きの背景にあるものは何なのか、そして、企業の活動において部活動がどういった意味を持つのか。 コミュニティデザイナーの黒田さんにお聞きしました。 黒田 悠介(くろだ ゆうすけ) 「議論で新結合を生み出す」という活動ビジョンを掲げて、新しい職業とコミュニティを生み出す活動を行う。 「職業×議論」としてはディスカッションパートナーを生業に。スタートアップから大企業の新規事業まで、主に1on1の議論を通じて立ち上げを支援。 「コミュニティ×議論」としては議論というフラットでポジティブな対話でつながるコミュニティである『議論メシ』を主催。お互いの意見や価値観を尊重しながら、新しいアイデアやモノの見方を一緒に作り上げる実験場として、議論をとおしてメンバー同士が自然とつながり、様々なコラボレーションを生み出す。 他に、フリーランスコミュニティ「FreelanceNow」の発起人でもあり、かつては「文系フリーランスって食べていけるの?」というメディアを運営するなど、「フリーランス研究家」として働き方の多様性を高めるための活動も行う。 東京大学文学部心理学→ベンチャー社員×2→起業(売却)→キャリアカウンセラー→フリーランス研究家→ディスカッションパートナー→コミュニティデザイナーという紆余曲折なジャングルジム型のキャリア。 企業はチームでありコミュニティである 黒田:まずお伝えしたいのは、チームとコミュニティの違いです? 赤木:一見すると同じように思えますね。 黒田:例えば『サッカーチーム』と言うとイメージしやすいですが、『サッカーコミュニティ』と言うとちょっとピンとこなくないですか? 赤木:確かに、サッカーチームとサッカーコミュニティでは目的も違うように思えますね。 黒田:仰る通りで、チームというのは外に目的のある人達の集まりで、コミュニティは中に目的のある人の集まりになります。サッカーチームであれば相手チームに勝つ事、大会で優勝する事といった目的になります。サッカーコミュニティであればその地域での活動や、コミュニティで集まる事自体を楽しみにしている人の集まりというイメージですね。 赤木:なるほど、サッカーコミュニティというとあんまり強そうってイメージはないかもです 笑 黒田:では企業はどうでしょう? 赤木:そういう意味でいうとチームですよね。競合他社に勝ったり、売り上げ目標を達成したりと他者を前提とした目的で集まっていますから。 黒田:そうですね。やはりチームとしての色合いが強く出てきます。その場合、チームの構成員である社員はチームの目的を果たす為の役割を担う形になります。ですが、企業の中でもコミュニティ的な要素はあります。と言うより、チームとしての企業、コミュニティとしての企業と両面がある。 赤木:コミュニティとしての面というと、どういったところでしょう? 黒田:例えばスポタスさんでは『BUKATSUP(ブカツアップ)』という企業内部活動の支援サービスをされていますが、まさに企業内部活動は企業におけるコミュニティの面だと思います。一部の実業団は別として、企業内部活動の結果で本人の評価が変わるなんてありえないですよね?あくまで社員同士が交流する事を目的にしているので、そういう意味ではコミュニティにあたります。 赤木:なるほど。企業内部活動を企業におけるコミュニティと考えるのは面白いですね。 黒田:そして次に大事な事として、チームとコミュニティでは所属員の持つ価値が変わります。 赤木:どういう事ですか? 黒田:チームの目的が外にあり、勝つ事や売り上げといった定量的なものである以上、組織構成員の価値はそこに繋がるものになります。これを『Doの価値』と呼んでいます。 赤木:例えば営業力だったりその人だけのスキルだったりですね。 黒田:そうです。ですが、コミュニティの目的はあくまで内側にあるので、そこで求められるのは定性的な価値になります。これは『Beの価値』と考えると良いでしょう。 赤木:成果や能力ではなく、個人としての存在が価値になるという事ですね。最近だと『心理的安全性が重要』といった話もありますが、そういった考えとも近そうですね。 黒田:企業活動ではどうしてもDoの価値にフォーカスが当たりますが、これからの企業においてはBeの価値を認める風土が必要になります。その場として企業内部活動を使うというのはとても合っていると思いますね。 釣りバカ日誌のハマちゃんスーさん 赤木:Doの価値とBeの価値で思い出したんですが、例えば漫画の『釣りバカ日誌』。主人公のハマちゃんは仕事ができないペケ社員だけど、釣りのフィールドでは社長であるスーさんの師匠になるんですよね。あれなんかまさにDoの価値とBeの価値じゃないですか? 黒田:その例えは分かりやすいですね。Doの面で評価されない人がBeの面で評価される事はありますし、お互いの立ち位置が逆転するというような現象も起こり得ます。そして、組織においてもそういった関係性の再構築は重要になります。組織は役割が固定化されてしまうと硬直してしまうので、ある場面において関係性が再構築される事で組織自体がストレッチされて柔軟になります。 赤木:企業全体としてもプラスになりそうですね。 黒田:企業におけるコミュニティの機能として、そういった関係性を再構築する事で離職率を低下させたりロイヤリティを高める効果は有るでしょうね。社員としても、仕事の評価と別軸で会社と繋がる事ができますから。 赤木:逆に仕事で活躍してる人にとっては困るかもしれないですが 笑 黒田:意外とそうでもないですよ。これは社会学的な話にもなりますが、仕事ができるできないに関わらず、会社では『ロール』(役割)としての自分として他の人と接していませんか? 赤木:例えば『〇〇チームのリーダーとしての自分』みたいなイメージですか? 黒田:そうです。社内の人と関わる時、私達は無意識に自分の存在を役割として定義しているんです。でも私達はロールだけじゃなく、パーソナリティを持って生活しています。ロールとしての自分が高く評価されていても、パーソナリティとしての自分を受け入れてもらいたいという願望は誰しももっているはずですよ。 副業のオルタナティブ(代案)としての企業内部活動 黒田:副業解禁の流れが出ていますが、実は一方でフリーランスの人口って統計上は減ってるんですよ。 赤木:そうなんですか!? 黒田:ランサーズ株式会社の『フリーランス実態調査』の2018年版と2019年版を比較すると、2018年時点でのフリーランスの人口は1119万人いたんですが、2019年には1087万人になっているんです。 (参照:https://www.lancers.co.jp/news/pr/14679/ https://speakerdeck.com/lancers_pr/huriransushi-tai-diao-cha-2019nian-du-ban) 赤木:意外です。社会的にフリーランスのニーズが減っているという事ですか? 黒田:そうではないと思います。この統計はあくまでも有償で働くフリーランスのものですので、実態としては、有償フリーランス以外の活動に広がっているのではないかと思います。例えばボランティアや地域活動なんかもそうですね。 赤木:なるほど、有償フリーランス以外の選択肢が見えて来た結果なんですね。 黒田:そして、そういった方のニーズは必ずしもお金を稼ぎたいというものではなく、社会における自分の居場所を作りたいというものもあり得ます。これは具体的な情報ソースがある訳ではないですが、コミュニティに関わることを生業にしているとそういうニーズがある事は体感しますね。 赤木:そういった居場所を求めるニーズがあるのであれば、企業としては副業先を紹介する代わりに部活動を紹介するという提案もできそうですね。 黒田:本質的に求めているものが居場所であるなら可能だと思います。企業にとっても副業解禁は労務管理上のリスクがありますし、離職率が高まるリスクもあります。企業内部活動であれば、活動そのものを企業活動に紐づける事ができますし、社員の帰属意識を高めたり離職率を防止したりという効果が見込めます。部活動もスポーツに限らず、例えばエンジニアの技術勉強会を部活動と考えるなら自己啓発やスキルアップといった効果も見込めます。 赤木:「副業の代案として企業内部活動を推進する」と言うとピンとこないかもしれませんが、こうやって解説されると納得できますね。 黒田:最近では企業が社員の副業先を紹介してくれるような事例もありますが、社員に部活動という『時間の使い方』を提案するのもアリだと思います。副業だと労務管理上の課題がありますが、部活動であればそういった部分もクリアできるはずですし。 赤木:企業としては副業を推進して副業先に転職されてしまうリスクも下げられますし、そういった面でも経営上のメリットはありそうですね。 コミュニティとしての企業内部活動を立ち上げ、維持するポイント 赤木:『BUKATSUP』をリリースしてから色んな引き合いを頂くんですが、「どうやって企業内部活動を作って盛り上げたらいいか分からない」と言った声を多く聞きます。そういう企業内部活動のコツみたいなのってありますか? 黒田:コミュニティ運営という面で言うと、『枠から始めるか核から始めるか』が大きなポイントですね。枠から始めるというのは、『〇〇部を作ったから誰か入って~』会社が呼びかける事で、核から始めるというのは『〇〇部を作りたい』という気持ちを持っている人を数人見つけておいて、その人達をコアの部員としてアサインする事です。うまくいくコミュニティは必ず後者です。 雪だるまをイメージすると分かりやすいですが、核になる小さい雪玉を思い切り固めて転がすと後は自然に大きくなっていきますよね? 赤木:なるほど。 黒田:最初は4人くらいで良いと思います。その人達が楽しそうにしている姿を見せると、自然と周りに人が集まります。特に若手の少人数組織が良いですね。上役の方が中心になってしまうと、どうしても会社のモードが強くなってしまい、周りもお付き合いで付いてくるようになってしまいます。 赤木:先に仰っていた組織ストレッチの上でも大事ですね。 黒田:後はその活動を上の人が褒めたり社内広報してくれると良いですね。褒めると言っても別に人事評価的な意味ではなく、アンオフィシャルな承認です。そうしていくと文化として根付きやすいです。これは部活動に限らないんですが、新しい取り組みをしようとする上で経営層がコミットしていく事が鍵になります。いかに経営層が部活動をコミットするかによって成否が変わります。 赤木:よくある質問として「部活動申請のフォーマットや経費精算の方法を教えて欲しい」などもありますが、経営層のコミットの方が重要度は高そうですね。 黒田:そういったバックオフィス側のHow toも確かに大事ですが、コミュニティの観点で言うとやはり社内部活動をどう位置付けるかの方が重要ですね。 赤木:そういった熱量ある人達で部活動が立ち上がったあと、維持し続ける為に必要なものってありますか? 黒田:部活動の場合、次の活動まで時間が空いてしまいます。その間を埋める橋渡しの仕組みが必要ですね。例えば飲み会だったり反省会だったり、写真を撮ってオンラインで公開するのも良いです。 赤木:例えば定期的に大会に出場するような、ガチガチじゃない程度の目標を設定するのも良さそうですね。 一億総居場所無し時代 赤木:こういった個人が居場所を外部に求める動きって最近よく聞くように思えるんですが、その背景にあるものって何だと思いますか? 黒田:総論として、『コミュニティの弱体化』にあると思います。 赤木:コミュニティの弱体化ですか? 黒田:例えば昔であればお寺があって檀家さんがいて、そこは個人が永続的に所属できるコミュニティとして機能していました。他にも村という共同体があったり、都会でも家族経営の会社や終身雇用の企業など、Beの価値を承認してくれる場所がありました。 赤木:確かに、私も子どもの頃はそういったコミュニティを色んなところで見かけました。 黒田:現代においては、そういったコミュニティが弱体化していると言えます。お寺の集まりに行く人は減っていますし、家族経営の会社や終身雇用の企業も減少傾向にあります。そうすると、Beの価値を認めてくれる場が無くなってしまう。 赤木:皆がゆるやかに居場所を失ってきたんですね。 黒田:要因は様々だと思いますが、ある種『一億総居場所無し時代』みたいな状態ですね。 赤木:分かりやすい 笑 そこで皆が無意識に居場所を求めているんですね。 黒田:例えばオンラインサロンやゲーム・アニメのファンコミュニティなどもそういった居場所探しのニーズに応えているものだと思います。 赤木:確かに、そういう意味では『価値観』がコミュニティの核になっているのかもしれないですね。 黒田:そうですね。地縁や血縁でもなく、同じ価値観で繋がっているコミュニティです。そこでは価値観そのものがBeの価値になり、お互いのパーソナリティを承認しあう機能を果たしているんだと思います。これは企業の部活動でも言える事で、その競技が好きという価値で集まっていたり、活動自体に価値を置いている人達によるコミュニティとも言えますね。 今こそ企業内部活動を 赤木:色々お話をお聞きしていると、企業内部活動をする意義が見えてきたように思えます。 黒田:そうですね。企業内部活動を企業や社会におけるコミュニティとして再定義すると、その必要性が見えてくると思います。 赤木:個人がBeの価値を認めてくれる場を求めているとするなら、企業内部活動が持つ価値は大きいですね。 部活動で社内を活性化するサービス『BUKATSUP』サービス内容はこちらから
2020/02/09 360PV

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