2019/09/13 16:10 485PV

野球留学を経て見つけた理想の『ベースボール』。イップスと向き合い続けるベースボーラーが語るスポーツの価値とは。【スポタス人インタビュー】

インタビュー

皆さんは『イップス』と言う症状をご存知でしょうか。

イップスとは、精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りの動きや意識が出来なくなる症状のことです。例えば野球のピッチャーであれば、イップスによってストライクが取れなくなったり、ゴルフであればパッティングが全くできなくなったり、症状の出方は様々です。

今回は、そんなイップスを抱えながらも理想のベースボールを追い求めるスポタス人にインタビューを行いました。

スポタス人とは

スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。

スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。

スポタス人紹介

吉田浩幸

1995年 兵庫県生まれ 小学生から硬式野球を始め、中・高・大とプレーする。ポジションはピッチャーだったが、高校時代にイップスという困難にぶつかる。

野球との出会い

インタビュー

赤木:野球を始めたのってどんなキッカケがありました?

吉田さん:野球を始めたのは小学校2年生の頃なんですが、母に連れられて地元の少年野球チームに入った事がキッカケでした。その頃は友達作りが苦手で、そのキッカケとして入団した形です。

赤木:自分からやり始めた訳じゃないけど、続ける事ができたんですね。

吉田さん:私は姉が2人いる末っ子で、遊ぶ相手は姉の友達だったんですね。それでかけっことかやるんですけど勝てなくて、頑張っても褒めてはもらえなくて。でも野球は結果だけじゃなくて頑張って練習してたらその頑張りを認めてもらえたんです。それが嬉しくて。

元々自信の無い子供だったからこそ、野球っていう自分を認めてくれる場に出会えた事でそこに没頭するようになりました。

赤木:原体験と言うか、子供の頃にそういう体験をしていると大きいですよね。

吉田さん:はい。人の価値観を決めるのは幼少期だと思っていて、今の私の価値観も根本にあるのはこの時期の体験ですね。

赤木:練習はどれくらいされていました?

吉田さん:練習は毎日していて、土日には試合をしている感じでしたね。小学校3年生の途中までは地元のチームでやっていたんですけど、そこからよりレベルの高いリトルリーグに入団しました。リトルリーグは中学校1年生まで入れるんですが、その時で関西大会6位に入れました。

赤木:その頃なら、体の成長もありますし、練習するだけ自分が上手くなる実感があったんじゃないですか。

吉田さん:そうですね。小学校時代は努力が結果に繋がりやすい時代だったと思います。やればやるほど上手くなるのが実感できましたね。これは野球だけじゃなくて、小学校1年生の頃は同学年の女の子にかけっこで負けたりしていたんですけど、野球を頑張っていたら小学校で一番速くなる事ができました。

赤木:ポジションはどこを守っていたんですか?

吉田さん:最初はセカンドやサードを守っていましたが、背が高かったのでリトルリーグに入ってからはピッチャーをやっていました。打順は4番を打っていました。

ヤングリーグでの想い出

インタビュー

赤木:リトルリーグを卒業してからも野球を続けたんですね。

吉田さん:はい。リトルリーグを卒業した後ヤングリーグ(中学生の野球リーグの一つ)に入って、ここでもピッチャーをやっていました。

赤木:ヤングリーグのチームは強豪だったんですか?

吉田さん:強豪と言う訳ではなかったですね。少なくとも他の強豪チームより人数は少なかったですし。それでも団結力だけは負けて無かったと思います。誰かがミスをしても皆で取り返そうって意識が強くて、少ない人数だからこそ、お互いにフォローして勝に行くチームワークを感じる事ができました。結果、全国大会まで出場する事ができました。

赤木:なるほど。小学校の時は個人としての成長を楽しみに野球と関わり、中学ではチームとしての野球の楽しみを得る事ができたんですね。

高校時代、強豪高に進学してから

赤木:高校は強豪校を選んで入学されたんですか?

吉田さん:そうですね。ただ、勉強も両立したかったのでどちらもレベルが高い高校を探して、関西学院高等部を受験して入学しました。

赤木:文武両道だったんですね。でも中学の時と規模が全く変わってしまったんじゃないですか?

吉田さん:そうですね。リトルリーグでは同級生が8人くらいだったんですが、高校になると一気に68人になっていました。全校生徒900人中150人が野球部でしたので、雰囲気は全く変わりましたね。

順風満帆だった時期から一転してイップスに

吉田さん:最初は活躍できていたと思います。1年生で3年生の試合にもピッチャーで出してもらったりしていましたし、普通はその時期って声出しとか走り込みとかやってる時期でしたから。

赤木:順風満帆だったんですね。

吉田さん:でも1年生の夏が終わって、新チームができて状況が変わりました。周囲のプレッシャーや、監督の方針があったのかもしれませんが、投げても投げてもボールワンバウンドしたり、バッターの頭を越えたりなど自分が意図しない方向に投げてしまうようになったんです。

赤木:そこでイップスになったんですね。。監督の方針って、厳しい感じだったんですか?

吉田さん:例えばフォアボールを出したら即交代と言うような方針でしたね。このイップスがどうしても克服できなくて、ブルペンでの投球練習や、マウンドでの最初の練習はちゃんと投げられるんです。でも、バッターが立った瞬間にワンバウンドしてしまう。自分でも何でそうなるのか全く分かりませんでした。

赤木:ピッチャーというポジションでそれはきついですね。。

吉田さん:しまいにはキャッチボールもできなくなってしまって、野球塾などにも行って一時的に良くなったりはしたんですが、根本解決はできずにすぐ再発したり。あの頃はいつ辞めようかと考えたりしていました。

赤木:人数の多い部活で、しかもピッチャーって言う花形のポジションですからね。精神的なダメージは相当大きかったんじゃないですか?

吉田さん:そうですね。これが怪我だったら分かりやすいんですが、目に見えないから難しくて、周りも『思い切り投げろよ』って言うだけだったりするんですよね。3年生になってもイップスが克服できなかったので、野手に転向した時期もありましたが、さすがに野手としてはレギュラーに入れる感じでも無かったですし。

赤木:悩ましいところですね。。

吉田さん:『なんで自分だけ…』って思いましたね。正直その頃はあまり良い思い出は残ってなくて、唯一学んだ事は『努力はそう簡単には報われない』という事でした。

赤木:でも、そこまで経験したら普通は『努力は報われない』となりそうなところなのに、踏みとどまっていられたのは凄いですね。

吉田さん:細かい点では努力が報われたと思えた事は有ったので、諦めはしなかったですね。やっていればいつかは何とかなると思い続けていました。

イップスを抱えながらも大学野球部へ

インタビュー

赤木:それでも大学で野球部に入ったんですか?

吉田さん:はい。内部進学で大学に入って、野球部に入部しました。イップスについても何とかしようとして、関東にイップス研究の有名な人がいると聞いたのでバイト代を貯めてその人の所に教えを受けに行ったりしました。

赤木:部活動引退直後にバイトして、そのお金で勉強のために関東に行くって凄いですね。

吉田さん:その方に言われたのが、『今の自分を認めてあげる事が重要』ということで、初めて自分のメンタルと向き合いました。今まで『自分はもっとできるはず』という想いが強くて、それが逆に自分を縛っていたんです。『今の状況を受け止めて、その上でもっと自由に表現できるようにしよう』と考えるようになりました。その他にも、催眠療法などやれる事は全てやりました。

赤木:凄く徹底していますね。

吉田さん:とにかくやった事が成果になって欲しかったんです。その拘りだけは残り続けました。でも、今思うとそれもイップスに繋がり続けていたんじゃないかと思います。

赤木:それだけの事をやっても、イップスは克服できなかったんですね。

吉田さん:大学の野球部は高校よりも更に周りのプレッシャーが強くて、それがイップスを更に強くさせていたんだと思います。スポーツに限った話じゃないと思いますが、人の人生って周りの環境で大きく変わると思います。

野球は好きだし野球チームも好きなんだけど、『野球部』と言う組織に対してモヤモヤしたものを持っていました。

退部して出会った『アメリカンベースボール』

吉田さん:その後、大学2年生になって野球部を辞めました。大学1年生の時は雑用が多いんですが、2年生になるとそれも1年生に引き継ぎます。そうなると、そこから実績を出して更に上を目指すか、部のサポートをするかの道に分かれるようになります。

そんな中で、これ以上自分にできる事は無いと感じて、野球部を辞める事にしました。就活とかを考えたら卒業まで居続けた方が良いのは分かっていたんですけど、そんな理由で残り続けるのは嫌でしたし。

赤木:部のサポートと言っても雑用は1年生がやるわけですしね。

吉田さん:そんな時、友達がクラブチームの立ち上げをやっていて、そこに誘ってもらいました。アメリカンベースボールというスタイルのクラブチームで副キャプテンでポジションはショートでした。

赤木:アメリカンベースボールですか?

吉田さん:簡単に言うと、勝つ事に対して本気で取り組みながら楽しむスタイルです。

部活動は初めに組織ありきで、そこからどう野球をやるか、どう勝つかを目指すイメージですが、アメリカンベースボールは野球をあくまでスポーツとして捉え、勝ちに向かって合理的で効率的な練習をするイメージです。

赤木:高校~大学の野球部とはかなり違っていますね。

吉田さん:他のチームメイトも野球が好きだけど野球部が嫌になったようなポテンシャルの高いメンバーで、他のクラブチームと試合しても勝てるようなチームになっていました。そこで本当のスポーツの形を感じて、本場アメリカに興味を持ちまして、4年生での野球留学に繋がります。

野球留学

赤木:野球留学は4年生の時にされたんですね。

吉田さん:はい。知人に野球留学のエージェントがいて、アメリカのクラブチームへの入団手配してくれました。期間は3週間程でしたが、とても学びの多い時間でした。

赤木:本場のアメリカンベースボールで印象に残ってる事とかありますか?

吉田さん:まずは色んな国の選手がいて、それぞれ個性が全然違っていた事ですね。例えばドミニカ人はバッティングの待ち時間で音楽流しながら踊ってるんですけど、いざ練習になると凄く熱心にやるんです。バッティングも、最初は全くの空振りしているところからすぐに調整して大きなホームランを打つなど、やっぱり海外のスケール感は凄かったですね。

赤木:カルチャーギャップは多そうですね。

吉田さん:日本人から見ると向こうの選手って地道な練習をしないイメージって無いですか?でも実は彼らは凄く地道な練習をしてるんですよ。ただそれが根性を付ける為とかではなく、競技に必要なフォームやリズムを体に覚えさせる合理的な練習です。例えばノック練習なら一定のリズムでボールを取らせたりですね。

バッティングもただスピードの速いバッティングマシーンを使うんじゃなく、フォームを固める為に正面からトスを上げてボールを打たせるんです。

赤木:確かに、アメリカって言うと合理主義的なイメージが強いですが、練習に対しても理論がしっかりしているんですね。

吉田さん:例えば日本代表とアメリカ代表が野球で試合すると、ジュニア時代までは日本人って強いんですよね。でも大人になってからそれが逆転する。筋力に差が出ると考える人も多いですが、野球は技術のスポーツなので、本来は日本人にもアドバンテージはあるはずなんです。実際、私も3週間しかいませんでしたが、日本にいる時より上手くなっている実感がありました。

インタビュー

インタビュー

▲留学先でのシーン

これからの展望

吉田さん:私は野球が好きですしスポーツも好きです。野球をする事によって『努力』『スポーツマンシップ』『チームワーク』といったものを学ぶ事ができました。

赤木:今までの経験から得たものですね。

吉田さん:でも、スポーツで学んだ事が『組織の理不尽をどうやりくりするか』だったりするケースもあって、そうはあって欲しくないと思っています。そして何より、スポーツは楽しんでやるものだと思っています。

これからは一人一人が自分で生き方を決める時代だとよく言われます。その為の教育としてスポーツが機能するはずだと思っています。

赤木:確かに、身体性を伴った学びはスポーツならではですね。

吉田さん:はい。私はスポーツを通じた教育を事業化して、スポーツを楽しみながら一人の人間としての生き方を学べる人達を増やしていきたいと思っています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

小学校から好きだった野球が高校から変わっていったエピソード、イップスに苦しみ抜いた日々、アメリカンベースボールの出会いとこれからのスポーツ教育。

吉田さんさんのインタビューはとても胸に刺さるものがありました。

スポタスでは『スポーツ+何か』を持ったスポタス人をこれからもご紹介していきます。

この記事の記者紹介
スポタス編集部

おすすめ記事

コーフボール競技者がオランダ移住を経て日本で競技普及に勤めるワケ【スポタス人インタビュー】

スポタス人とは スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。 スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。 スポタス人紹介 眞柴 啓輔(ましば けいすけ) 2012年株式会社リクルート入社(分社後の株式会社リクルートライフスタイル)。MVP受賞等、営業マンとしての活躍を経て2015年にオランダで独立。 2017年に日本とヨーロッパを繋ぐ物流の取次営業会社として英国法人JDENL LTDを設立。現在は「Sports world」というベンチャースポーツのプラットフォーム事業を運営している。 ライフワークとしてコーフボールというオランダ発祥のスポーツを行っており現在も日本コーフボール界を牽引する。 Sports world 公式HP:https://www.my-spw.com/  Twitter:https://twitter.com/massy47   ▲コーフボールのイメージはこちらを参考にして下さい。 サッカー、バスケからコーフボールへ 赤木:コーフボールというとバスケに近いイメージですが、国内の競技人口は何人くらいですか? 眞柴:日本では1000人くらいですね。協会に登録してチームに入っている人数で言うと100人~150人くらいだと思います。競技者の割合で言うと、バスケやハンドボールをやっていた人が多いですね。 赤木:眞柴さんご自身も過去にバスケを経験されていたんですか? 眞柴:そうですね。小学校ではサッカー部で、バスケは中学・高校でやっていました。大学でもバスケはサークルでやっていましたが、他にも色んなスポーツをフットワーク軽くやっていました。 赤木:スポーツのキャリアとしてはバスケが一番長いんですね。 眞柴:コーフボールを知ったのは大学の後半からで、バスケサークルの友達の地元でコーフボールのチームがあって誘われた事がきっかけです。私は理系の大学に通っていたんですが、周りが男子ばかりで、男女混成でできるコーフボールが楽しそうだと思ったこと、日本代表になれるかもしれないと思った事が理由で始めました。 赤木:『日本代表』はベンチャースポーツをやる上で大きなモチベーションになりますよね。 ▲日の丸を背負って世界と戦えます コミュニティを支援しようと本格的にコーフボールを始める 眞柴:本格的にコーフボールを始めたのはまた別の理由があって、当時コミュニティや人の集まりを支援するNPOをやっていて、勉強会や地域の子ども会や自治体の支援などをしていました。その一環としてコーフボールを活用できないかと考えたんです。 赤木:競技経験が少ない方が実力差が出なくて良さそうですね。 眞柴:それにコーフボールは男女混合でできますし、誰でも楽しめるスポーツだからちょうど合うなと思いました。ただ、元々入っていたチームがあまり外向けにオープンではない文化だったので、それを変えるところからまずは初めました。 長崎でもコーフボールを広める活動を 眞柴:就職してからもコーフボールの普及をしていたんですが、ここで長崎転勤の話が出てきました。 赤木:せっかく普及に力を入れていたところでそれは痛いですね。 眞柴:転勤して1年くらいはコーフボールができずにいたんですが、地域にも馴染んできたので、今度は長崎でコーフボールの普及活動を始めました。併せてプライベートでも地域の活動に関わったりと、地域に根差した活動に力を入れました。 赤木:地域と密接に関わるのは良いですね。 眞柴:元々東京にはコーフボールのチームが1チームだったのですが、ちょうど名古屋で就職したメンバーもおり、「それぞれチームを立ち上げれば大会ができるな」と話し、長崎でチームを立ち上げた後に日本選手権を開催しました。 赤木:大会を開催すると全体としても団結感が出ますよね。 眞柴:長崎のメンバーからしても県外の関わりを作る貴重なきっかけになりました。その後も、名古屋の選手が長崎に遠征したりと、全国で絆が生まれましたね。 赤木:順調にコーフボールのネットワークができてきてますね。 眞柴:ところがここでまた転勤の話が出ます 笑 赤木:ここでまた転勤になってしまうんですね 笑 眞柴:次の転勤先は岡山でした。でも長崎に作ったチームのメンバーもコーフボールを続けてくれたので、岡山でもチームを作ろうと思って、岡山でもチームを作り始めました。この時は長崎での経験が活きて、順調に人が集まってくれました。 赤木:チーム作りのコツを掴んだんですね。 眞柴:同時に、コーフボールというコンテンツが良いと確信しました。全国大会で30過ぎたおじさんが本気で感情を出して、本気で涙するんです。これは社会にとって本当に価値がある活動だと確信しました。 赤木:社会に出ると、仕事以外で何か目標を持つ事も少なくなってしまいますからね。 コーフボールの本場で修行 眞柴:同時期に私はコーフボールの日本代表になっていたんですが、よりレベルの高い世界でコーフボールを学びたいと思い、面倒を見てくれていたの台湾代表監督に修行の相談をしました。 赤木:台湾ですか? 眞柴:コーフボールはオランダ発祥のスポーツでオランダが世界ランキング1位なんですが、次いで台湾が2位なんです(※2019年夏まで・現在は3位)。それで修行の相談をしたところ、オランダでの修行を提案頂き、2週間ほどオランダに行きました。 赤木:実際に行ってみてどうでしたか? 眞柴:やはり全然レベルが違っていました。それでオランダに暮らしたいと思うようになって、仕事を退職して3年間オランダに住みました。 赤木:退職して3年もですか?!凄い行動力!! 眞柴:タイミング見てまた住みたいとも思っています。 赤木:お仕事を退職してオランダに移住したんですよね。オランダではどんなお仕事をされていたんですか? 眞柴:元々コーフボールに使う用具が日本で作られてなく、オランダで仕入れて日本で販売するという形式をとっていました。その中で国際物流に課題感を持った事もあり、個人事業のビザをとって物流の仲介営業をやっていました。ヨーロッパは国際展示会が頻繁で、日本企業も欧州への商品展開の入口として出展しているケースが多いんですが、それ以降の物流ノウハウが少なく、そこを現地に住んでいる私が仲介する事でスムーズに進むようにしていました。当時はドイツ各都市・パリ・ロンドン・ミランなどを周っていましたね。 赤木:語学の壁は無かったんですか? 眞柴:英語は学生の時に半年ほどアメリカに留学した事もあり、日常会話はできるかなというくらいでした。でもオランダ語は全く分からなかったので、オランダでコーフボールのチームに入った時は苦労しました。今でもビジネスで細かいやりとりをしようと思うと難しいですね。 赤木:そんな状態でオランダまで行ったんですね。 眞柴:少なくとも行かないと話せるようにはなれないですから、話さないといられない状態に自分を持って行けば何とかなると思っていました。 赤木:バイタリティが凄い。。 眞柴:長崎にいた時も岡山にいた時も、周りはコーフボールの応援をしてくれたし仕事も順調にやらせてもらっていましたので何の不満もありませんでした。それでも充実を求めてオランダに行きました。突飛なチョイスに思えるかもしれませんが、生活の安定や基盤は何とかなると思っているので。その後、日本のコーフボールを盛り上げる為に一時帰国して今に至ります。 自分の人生を自分で選択する 眞柴:小学校6年生のクラスが好きで、そこには仲間達がいて、毎日が凄く楽しい時間でした。このまま時間が止まって欲しいと思てたくらいです。でも、一緒に遊んでた人が私立の学校に行ったりして別々になってしまい、中学に入ると物足りなさを感じるようになりました。 赤木:小学校で充実した時間を過ごしたなら確かにそうなってしまいそうですね。 眞柴:学校の成績が良くても充実感は無いですし、高校受験もあって個別指導の塾に行ったんですが、そこも面白いと思えない。 赤木:全力を懸けるようなものではなかったんですね。 眞柴:でも、スクール形式の塾で一番上のクラスに行ってから変わりました。目標に向かって同じクラスの生徒と切磋琢磨していくのが楽しいと思えるようになったんです。一緒に何かを目指して頑張れる仲間がいる。恥ずかしくなく本気でやっている仲間といる時間が人生において充実になると感じました。 赤木:周りも本気で何かに取り組んでいると、自然と空気感が変わってきますよね。 眞柴:大学に入ってからは学生団体の副代表として色々な企画や運営をやったり、シェアハウスの運営をやったりしていました。そこで会う社会人の方やフリーランスの方、事業家の方など自分で自分の人生を選択しているように映って、自分もそんな生き方をしたいと思うようになりました。 赤木:大学に入って色んな大人の人達がいると知ったんですね。 眞柴:そうですね。高校まではレールに乗ってしっかりと部活も勉強もやっていましたし、特に不自由は感じませんでした。でも、やりたいと思っていない事をやって、決められた時間に学校に行く日々に対してモヤモヤ感も感じていて。将来についても、年収が高い会社に入るのが良いと言われていましたし。 でも、自分らしく生きてる人達と出会って、自分も同じようにやっていけるんじゃないかと思えるようになりました。 赤木:その変化が眞柴さんの中で大きかったんですね。 コーフボールの価値をより多くの人に知ってもらいたい 赤木:今後の目標などについてお聞きして良いですか? 眞柴:日本でコーフボールを盛り上げていく事はもちろんですが、そのモデルを他の国にグローバルな展開をしていきたいと思っています。コーフボールで世界が繋がるような普及モデルを推進したいですね。 赤木:グローバル展開は大きな目標ですね。その時、眞柴さんの拠点はオランダですか? 眞柴:オランダ6:日本4くらいのバランスでいたいですね。やはり競技者としてより上を目指そうと思うなら本場のオランダにいる方が良いですし、国際コーフボール協会の拠点もオランダにありますので、そこで最新の情報を常にキャッチアップしていきたいという気持ちも強くあります。 赤木:やはり将来的にはオリンピック競技化も目指していくんですか? 眞柴:そうですね。コーフボールにはオリンピック正式種目になれる可能性があると思っています。オリンピックで正式種目になるためには75か国で競技協会がある必要がありますが、コーフボールは現在69か国で競技協会があります。これが75か国を超えたタイミングでヨーロッパで開催されればチャンスはあると思っています。 赤木:夢のある話ですね。 眞柴:オランダでは3世代くらい通して同じクラブに所属する事もポピュラーで、そこは学校や職場と違った繋がりの下、地域のセーフティネットになっています。日本でも地域総合型スポーツクラブが注目されていますが、コーフボールはそういう意味でも凄くマッチしていると思います。オリンピック正式種目になれば、日本でもそういった形でコーフボールを定着できる可能性はあるはずです。ぜひそこを目指していきたいです。 Sports worldの取り組み 赤木:眞柴さんはコーフボールだけじゃなく、ベンチャースポーツ全体を盛り上げる為の取り組みも力を入れていますね。 眞柴:Sports worldですね。Sports worldはコーフボールに限らず、他のベンチャースポーツについても広めていく取り組みになります。コーフボールだけじゃなく、世界には面白いベンチャースポーツがありますので、そういった各スポーツの良さに触れてもらって、そこから自分に合うベンチャースポーツを探してもらえたら最高です。 ▲Sports worldでの一枚。話題の競技『クィディッチ』をプレー まとめ いかがでしたでしょうか。 日本とオランダを股にかけ、コーフボールを普及する姿は新しいグローバル人材の姿だと思います。 スポタスでは『スポーツ+何か』を持った人をこれからもご紹介していきます。

副業の代わりに企業内部活動?企業内部活動の意義や価値についてコミュニティデザイナーはこう語る

働き方改革が叫ばれ、大手企業の中でも副業解禁の流れが起きています。また、生産性向上の為、労働時間を削減する動きも多くあります。 反面、フリーランスの人口が減少していると言う統計結果もあり(後述参照)、働く人々のニーズをハッキリと捉える事が難しくなっています。 このような動きの背景にあるものは何なのか、そして、企業の活動において部活動がどういった意味を持つのか。 コミュニティデザイナーの黒田さんにお聞きしました。 黒田 悠介(くろだ ゆうすけ) 「議論で新結合を生み出す」という活動ビジョンを掲げて、新しい職業とコミュニティを生み出す活動を行う。 「職業×議論」としてはディスカッションパートナーを生業に。スタートアップから大企業の新規事業まで、主に1on1の議論を通じて立ち上げを支援。 「コミュニティ×議論」としては議論というフラットでポジティブな対話でつながるコミュニティである『議論メシ』を主催。お互いの意見や価値観を尊重しながら、新しいアイデアやモノの見方を一緒に作り上げる実験場として、議論をとおしてメンバー同士が自然とつながり、様々なコラボレーションを生み出す。 他に、フリーランスコミュニティ「FreelanceNow」の発起人でもあり、かつては「文系フリーランスって食べていけるの?」というメディアを運営するなど、「フリーランス研究家」として働き方の多様性を高めるための活動も行う。 東京大学文学部心理学→ベンチャー社員×2→起業(売却)→キャリアカウンセラー→フリーランス研究家→ディスカッションパートナー→コミュニティデザイナーという紆余曲折なジャングルジム型のキャリア。 企業はチームでありコミュニティである 黒田:まずお伝えしたいのは、チームとコミュニティの違いです? 赤木:一見すると同じように思えますね。 黒田:例えば『サッカーチーム』と言うとイメージしやすいですが、『サッカーコミュニティ』と言うとちょっとピンとこなくないですか? 赤木:確かに、サッカーチームとサッカーコミュニティでは目的も違うように思えますね。 黒田:仰る通りで、チームというのは外に目的のある人達の集まりで、コミュニティは中に目的のある人の集まりになります。サッカーチームであれば相手チームに勝つ事、大会で優勝する事といった目的になります。サッカーコミュニティであればその地域での活動や、コミュニティで集まる事自体を楽しみにしている人の集まりというイメージですね。 赤木:なるほど、サッカーコミュニティというとあんまり強そうってイメージはないかもです 笑 黒田:では企業はどうでしょう? 赤木:そういう意味でいうとチームですよね。競合他社に勝ったり、売り上げ目標を達成したりと他者を前提とした目的で集まっていますから。 黒田:そうですね。やはりチームとしての色合いが強く出てきます。その場合、チームの構成員である社員はチームの目的を果たす為の役割を担う形になります。ですが、企業の中でもコミュニティ的な要素はあります。と言うより、チームとしての企業、コミュニティとしての企業と両面がある。 赤木:コミュニティとしての面というと、どういったところでしょう? 黒田:例えばスポタスさんでは『BUKATSUP(ブカツアップ)』という企業内部活動の支援サービスをされていますが、まさに企業内部活動は企業におけるコミュニティの面だと思います。一部の実業団は別として、企業内部活動の結果で本人の評価が変わるなんてありえないですよね?あくまで社員同士が交流する事を目的にしているので、そういう意味ではコミュニティにあたります。 赤木:なるほど。企業内部活動を企業におけるコミュニティと考えるのは面白いですね。 黒田:そして次に大事な事として、チームとコミュニティでは所属員の持つ価値が変わります。 赤木:どういう事ですか? 黒田:チームの目的が外にあり、勝つ事や売り上げといった定量的なものである以上、組織構成員の価値はそこに繋がるものになります。これを『Doの価値』と呼んでいます。 赤木:例えば営業力だったりその人だけのスキルだったりですね。 黒田:そうです。ですが、コミュニティの目的はあくまで内側にあるので、そこで求められるのは定性的な価値になります。これは『Beの価値』と考えると良いでしょう。 赤木:成果や能力ではなく、個人としての存在が価値になるという事ですね。最近だと『心理的安全性が重要』といった話もありますが、そういった考えとも近そうですね。 黒田:企業活動ではどうしてもDoの価値にフォーカスが当たりますが、これからの企業においてはBeの価値を認める風土が必要になります。その場として企業内部活動を使うというのはとても合っていると思いますね。 釣りバカ日誌のハマちゃんスーさん 赤木:Doの価値とBeの価値で思い出したんですが、例えば漫画の『釣りバカ日誌』。主人公のハマちゃんは仕事ができないペケ社員だけど、釣りのフィールドでは社長であるスーさんの師匠になるんですよね。あれなんかまさにDoの価値とBeの価値じゃないですか? 黒田:その例えは分かりやすいですね。Doの面で評価されない人がBeの面で評価される事はありますし、お互いの立ち位置が逆転するというような現象も起こり得ます。そして、組織においてもそういった関係性の再構築は重要になります。組織は役割が固定化されてしまうと硬直してしまうので、ある場面において関係性が再構築される事で組織自体がストレッチされて柔軟になります。 赤木:企業全体としてもプラスになりそうですね。 黒田:企業におけるコミュニティの機能として、そういった関係性を再構築する事で離職率を低下させたりロイヤリティを高める効果は有るでしょうね。社員としても、仕事の評価と別軸で会社と繋がる事ができますから。 赤木:逆に仕事で活躍してる人にとっては困るかもしれないですが 笑 黒田:意外とそうでもないですよ。これは社会学的な話にもなりますが、仕事ができるできないに関わらず、会社では『ロール』(役割)としての自分として他の人と接していませんか? 赤木:例えば『〇〇チームのリーダーとしての自分』みたいなイメージですか? 黒田:そうです。社内の人と関わる時、私達は無意識に自分の存在を役割として定義しているんです。でも私達はロールだけじゃなく、パーソナリティを持って生活しています。ロールとしての自分が高く評価されていても、パーソナリティとしての自分を受け入れてもらいたいという願望は誰しももっているはずですよ。 副業のオルタナティブ(代案)としての企業内部活動 黒田:副業解禁の流れが出ていますが、実は一方でフリーランスの人口って統計上は減ってるんですよ。 赤木:そうなんですか!? 黒田:ランサーズ株式会社の『フリーランス実態調査』の2018年版と2019年版を比較すると、2018年時点でのフリーランスの人口は1119万人いたんですが、2019年には1087万人になっているんです。 (参照:https://www.lancers.co.jp/news/pr/14679/ https://speakerdeck.com/lancers_pr/huriransushi-tai-diao-cha-2019nian-du-ban) 赤木:意外です。社会的にフリーランスのニーズが減っているという事ですか? 黒田:そうではないと思います。この統計はあくまでも有償で働くフリーランスのものですので、実態としては、有償フリーランス以外の活動に広がっているのではないかと思います。例えばボランティアや地域活動なんかもそうですね。 赤木:なるほど、有償フリーランス以外の選択肢が見えて来た結果なんですね。 黒田:そして、そういった方のニーズは必ずしもお金を稼ぎたいというものではなく、社会における自分の居場所を作りたいというものもあり得ます。これは具体的な情報ソースがある訳ではないですが、コミュニティに関わることを生業にしているとそういうニーズがある事は体感しますね。 赤木:そういった居場所を求めるニーズがあるのであれば、企業としては副業先を紹介する代わりに部活動を紹介するという提案もできそうですね。 黒田:本質的に求めているものが居場所であるなら可能だと思います。企業にとっても副業解禁は労務管理上のリスクがありますし、離職率が高まるリスクもあります。企業内部活動であれば、活動そのものを企業活動に紐づける事ができますし、社員の帰属意識を高めたり離職率を防止したりという効果が見込めます。部活動もスポーツに限らず、例えばエンジニアの技術勉強会を部活動と考えるなら自己啓発やスキルアップといった効果も見込めます。 赤木:「副業の代案として企業内部活動を推進する」と言うとピンとこないかもしれませんが、こうやって解説されると納得できますね。 黒田:最近では企業が社員の副業先を紹介してくれるような事例もありますが、社員に部活動という『時間の使い方』を提案するのもアリだと思います。副業だと労務管理上の課題がありますが、部活動であればそういった部分もクリアできるはずですし。 赤木:企業としては副業を推進して副業先に転職されてしまうリスクも下げられますし、そういった面でも経営上のメリットはありそうですね。 コミュニティとしての企業内部活動を立ち上げ、維持するポイント 赤木:『BUKATSUP』をリリースしてから色んな引き合いを頂くんですが、「どうやって企業内部活動を作って盛り上げたらいいか分からない」と言った声を多く聞きます。そういう企業内部活動のコツみたいなのってありますか? 黒田:コミュニティ運営という面で言うと、『枠から始めるか核から始めるか』が大きなポイントですね。枠から始めるというのは、『〇〇部を作ったから誰か入って~』会社が呼びかける事で、核から始めるというのは『〇〇部を作りたい』という気持ちを持っている人を数人見つけておいて、その人達をコアの部員としてアサインする事です。うまくいくコミュニティは必ず後者です。 雪だるまをイメージすると分かりやすいですが、核になる小さい雪玉を思い切り固めて転がすと後は自然に大きくなっていきますよね? 赤木:なるほど。 黒田:最初は4人くらいで良いと思います。その人達が楽しそうにしている姿を見せると、自然と周りに人が集まります。特に若手の少人数組織が良いですね。上役の方が中心になってしまうと、どうしても会社のモードが強くなってしまい、周りもお付き合いで付いてくるようになってしまいます。 赤木:先に仰っていた組織ストレッチの上でも大事ですね。 黒田:後はその活動を上の人が褒めたり社内広報してくれると良いですね。褒めると言っても別に人事評価的な意味ではなく、アンオフィシャルな承認です。そうしていくと文化として根付きやすいです。これは部活動に限らないんですが、新しい取り組みをしようとする上で経営層がコミットしていく事が鍵になります。いかに経営層が部活動をコミットするかによって成否が変わります。 赤木:よくある質問として「部活動申請のフォーマットや経費精算の方法を教えて欲しい」などもありますが、経営層のコミットの方が重要度は高そうですね。 黒田:そういったバックオフィス側のHow toも確かに大事ですが、コミュニティの観点で言うとやはり社内部活動をどう位置付けるかの方が重要ですね。 赤木:そういった熱量ある人達で部活動が立ち上がったあと、維持し続ける為に必要なものってありますか? 黒田:部活動の場合、次の活動まで時間が空いてしまいます。その間を埋める橋渡しの仕組みが必要ですね。例えば飲み会だったり反省会だったり、写真を撮ってオンラインで公開するのも良いです。 赤木:例えば定期的に大会に出場するような、ガチガチじゃない程度の目標を設定するのも良さそうですね。 一億総居場所無し時代 赤木:こういった個人が居場所を外部に求める動きって最近よく聞くように思えるんですが、その背景にあるものって何だと思いますか? 黒田:総論として、『コミュニティの弱体化』にあると思います。 赤木:コミュニティの弱体化ですか? 黒田:例えば昔であればお寺があって檀家さんがいて、そこは個人が永続的に所属できるコミュニティとして機能していました。他にも村という共同体があったり、都会でも家族経営の会社や終身雇用の企業など、Beの価値を承認してくれる場所がありました。 赤木:確かに、私も子どもの頃はそういったコミュニティを色んなところで見かけました。 黒田:現代においては、そういったコミュニティが弱体化していると言えます。お寺の集まりに行く人は減っていますし、家族経営の会社や終身雇用の企業も減少傾向にあります。そうすると、Beの価値を認めてくれる場が無くなってしまう。 赤木:皆がゆるやかに居場所を失ってきたんですね。 黒田:要因は様々だと思いますが、ある種『一億総居場所無し時代』みたいな状態ですね。 赤木:分かりやすい 笑 そこで皆が無意識に居場所を求めているんですね。 黒田:例えばオンラインサロンやゲーム・アニメのファンコミュニティなどもそういった居場所探しのニーズに応えているものだと思います。 赤木:確かに、そういう意味では『価値観』がコミュニティの核になっているのかもしれないですね。 黒田:そうですね。地縁や血縁でもなく、同じ価値観で繋がっているコミュニティです。そこでは価値観そのものがBeの価値になり、お互いのパーソナリティを承認しあう機能を果たしているんだと思います。これは企業の部活動でも言える事で、その競技が好きという価値で集まっていたり、活動自体に価値を置いている人達によるコミュニティとも言えますね。 今こそ企業内部活動を 赤木:色々お話をお聞きしていると、企業内部活動をする意義が見えてきたように思えます。 黒田:そうですね。企業内部活動を企業や社会におけるコミュニティとして再定義すると、その必要性が見えてくると思います。 赤木:個人がBeの価値を認めてくれる場を求めているとするなら、企業内部活動が持つ価値は大きいですね。 部活動で社内を活性化するサービス『BUKATSUP』サービス内容はこちらから
2020/02/09 360PV

  • インタビュー