2019/07/06 10:00 144PV

スポーツは画面の向こう側だけじゃない。株式会社スポタス代表に聞く、スポーツサークルの醍醐味。(前編)

インタビュー

皆さんは、【スポーツ】と聞くとどんなものを想像しますか?

日本人メジャーリーガーの活躍。

ワールドカップの試合結果。

でも、それだけがスポーツじゃない。自分で体を動かし、汗を流す事もスポーツの魅力です。

今日は、株式会社スポタスの大西社長にスポーツサークルの魅力について語って頂きます。

創業のきっかけは自身の体験から

大西社長:20年前、東京から横浜へ引っ越して間もなく、横浜でバドミントンをやりたいと思いました。

でも、バドミントンサークルの情報がどこに有るのか分からなく、サークル探しに苦労しました。

近所のスポーツショップに行ってそういう情報が無いか聞いたりしていたんですが、たまたま奥さんの友達づてでバドミントンサークルの情報を知る事ができて、そこに参加する事になりました。

そこに5~6年所属していましたが、次第に自分達のクラブを作りたいと思い、サークルを立ち上げました。

定期的に練習できるようになったら次は大会に出たくなるんですが、大会参加にはルールがあって、参加クラブは競技協会団体に団体登録をする必要があります。また、団体責任者は協会理事に就任しないといけなかった。その流れで協会理事を務める事になったんです。

競技者・クラブ運営者・協会理事の3役を担う事で見えて来た課題感

大西社長競技者・クラブ運営者・協会理事の全てを自分事として捉えた時、それぞれの課題感が見えてきました。

・競技者はクラブやサークルを見つける事に苦労する。情報がどこかにはあると分かっているんですが、それがどこにあるのかが分からない事が多いです。

・クラブ、サークル運営者はメンバー(競技者)集めに苦労する。自分達の活動を知ってもらいたくても、それを発信する場がなかなか無く、気付いてもらえない。

・競技協会(大会主催者)は大会参加者を集めるのに苦労する。クラブ、サークル運営者と同じく、競技協会も大会を開催していると言う情報を発信する方法があまり無い状況です。

この3者は、本来はお互いが求めあっている者同士なはずなのに、お互いがどこにいるのかが分からないでいる。 情報流通が上手くいっていないんですよね。

スポーツ競技者の「あったらいいな」を叶えたい。

赤木: 地域スポーツに関わる人達にとってもスポーツを始める人にとっても幸せになれる理想があるはずなのに、それが上手く形になっていないんですね。

その課題は今も変わっていないですか?

大西社長:サークル募集や大会情報を掲載しているwebサービスは出てきましたが、特定の競技に限っていたり、SNS上のクローズな活動に留まっていますね。網羅的に情報を集めて発信してくれるサービスはなかなか無いのが現状です。

そこでこのスポタスのサービスを思いつきました。

社長の想いを形に、スポタスの3つの機能

         今でも週末にはバドミントンの大会に出場されているそうです。

 

大西社長:スポタスには主に3つの機能を実装しています。

誰でもサークルを探したり作ったりできる【サークル】、競技の技術について豊富な記事を揃えた【マガジン】、大会に出場する為に競技毎の協会URLを網羅した【ウォッチ】の3つです。

赤木:【サークル】でサークルを探したり作ったりして、【マガジン】で技術向上し、【ウォッチ】で大会に参加する流れですね。先に仰っていた一連の流れをサポートする形になっていますね。

大西社長:【マガジン】については、今後はサークル運営者にとって参考になるような情報や、サークル運営を楽しんでいる人に取材して記事にするようなものも考えています。【ウォッチ】についても、大会参加までのハードルを下げるような形を作っていきたいと思っています。

――中編へ続く

 

代表取締役 大西善雄

1969年 東京生まれ

<1989年>
システムエンジニアとしてのキャリアスタート。5年間の就業を経て、フリーランサーとしてパソナに登録就業。就業中に紹介された、パソナ南部代表の講演会「アントレプレナー」に影響を受け一念発起し起業する。

<1998年>
パソナテックに入社。入社後、人材開発、人材紹介事業・BPO事業・新規事業企画、パートナー企業への出向(コンサルティングファーム・BPO・データセンター)等経験。IT業界・人材業界全般の業務知識を得る。

<2010年>
大手芸能事務所に転職。システム統括担当として就任。ファンクラブ管理システム・経営管理システム等のフルリニューアルプロジェクトを担当。

<2017年>
パソナグループ会社、キャプラン(株)に復職。
パソナグループの2018年度新規事業立案コンテスト『チャレンジの日』にて、応募案件 約2000件の中から優秀賞として表彰される。スポーツ競技者応援インターネットコミュニティ『SPOTAS+(スポタス)』提案をもとに、事業計画をブラッシュアップし、パソナグループのベンチャーファンド『ニューバリュー・クリエーション・ファンド』制度を活用して、2018年10月に株式会社スポタスを設立。

 

この記事の記者紹介
スポタス編集部

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