2019/09/13 16:10 646PV

ベンチャースポーツ『パデル』とBBQを通じたコミュニティ創り。スポーツを通じた場づくりとは。【スポタス人インタビュー】

パデル

スポタス人とは

スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。

スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。

パデルについて

今日はベンチャースポーツ『パデル』のスポタス人をご紹介します。

皆さんは『パデル』と言う競技をご存知でしょうか。

スペインで40年前に始まった、テニスとスカッシュを足したような、簡単に言うと壁に囲われた、ダブルスのみのテニスです。

今回は、パデルとBBQを組み合わせた『ガクパデ』と言うイベントを通じてコミュニティを運営している渡辺さんに取材をしてきました。

※パデルについてはこちらの動画を見ると分かりやすいです。スペインのトッププロのパデルはこのようにエキサイティングなプレーが繰り広げられますが、運動をあまりしていない初心者の方でもすぐに始められるのも魅力の一つです。

 

スポタス人紹介

インタビュー

渡辺 岳(わたなべ がく)

1980年東京生まれ新潟育ち。三姉妹の父。本名はたかしと読むが、呼びやすくて覚えやすいことから大学時代についたあだ名のガクを愛用。職場でも友達からもガクと呼ばれている。

中・高・大とテニスをプレーする。2016年にパデルに出会い、パデルとBBQをミックスさせたガクパデというイベントを企画運営している。

学生時代について

渡辺さん:大学ではテニスサークルに入っていたんですが、なんか違うと思って3年で辞めてしまったんです 笑

赤木:そうなんですか!?今のコミュニティ運営をしている姿からはイメージできないですが。。

渡辺さん:100人くらいの規模で、歴史のあるサークルだったんですが、組織の一部として動くのが苦手で、自分で色々決めたいタイプだったんです。『伝統だから』とハッキリした理由の無いルールに従うのも当時は苦手でしたね。

赤木:確かに、世間的にはテニスサークルってユルいイメージがありますけど、歴史あるサークルだとそういう空気ってありますね。

渡辺さん:それでもテニスは好きだったんで、コートを借りて友達と闇錬(やみれん 正式なサークル活動ではないテニスの練習会)をしたりしていました。

新人時代

渡辺さん:卒業して東京で就職したんですが、夏休みに半年ぶりに同期とテニスをやったらやっぱり楽しくて、会社のテニス部に入って部活動とか合宿とか積極的に関わるようになりました。

赤木:その時は大学のサークルの時みたいな空気は無かったんですか?

渡辺さん:そうですね。実は学生サークルよりも社会人サークルの方がフラットで、レベルも様々で変なルールとかも無かったんです。

でも就職して1年半で大阪転勤になってしまって、一旦リセットされました。

大阪での活動

赤木:大阪でもテニスを続けられたんですか?

渡辺さん:そうですね。会社のテニス部が大阪にもあって、テニス経験者という事もあって当時の部長に誘われてやっていました。その後部長が異動になったのがきっかけで私が部長をする事になりました。

周りの人は私より5歳くらい上だったんですが、そこでも可愛がってもらえて上手くいっていましたね。そのうちもっと人を増やしたいと思うようになっていました。

転機はmixiの台頭

渡辺さん:2005年にSNSサービスのmixiが出てきた頃でした。その後爆発的に流行りだして、色んなテニスコミュニティができました。私は流行りだした頃すぐmixiを使って外部の人を集め始めました。

そこで集まった人と社内の人、その友達のメンバー部活を乗っ取る形で(笑)スピンアウトして、練習会や合宿をするようになりました。

赤木:確かに、人が集まるとどうしても温度感が出ますよね。それで熱意ある人だけで別のサークルを作るケースも結構ありますし。人数はどれくらいだったんですか?

渡辺さん:1年半(+1年)の活動で最終的には80人を超えました。コートを2面借りて16人くらいで練習するイメージですね。

大学サークル時代の反省点を活かしつつ、「ツーバウンドするまであきらめるな」をテーマにした、男女とレベルの垣根のないテニスサークルでした。

でもここでまた異動になって、今度の異動先は名古屋だったんです。

名古屋転勤

赤木:サークルが形になったタイミングで異動になるんですね 笑

渡辺さん:それで今度は名古屋で1つのテニスサークルの立ち上げに関わり、自分でもサークルを立ち上げて他のサークルと交流したりと積極的に動いていました。

でも実はこの頃大阪の自分のテニスサークルにも行ってたんです。

赤木:え!?名古屋から大阪までですか?

渡辺さん:はい。「がくちゃん、大阪まで通ってよ」と言われて)、週末は名古屋から近鉄特急で大阪に行っていました。だから平日は名古屋で週2,3はテニスして、土曜に名古屋でテニスサークルを運営してから夜に大阪に行く。日曜は大阪のテニスサークルを運営して、アフターを楽しんでから終電で名古屋に帰るという生活を送っていました(笑)丸一年(笑)

赤木:テニスを中心にした生活って感じですね。

渡辺さん:そうなんです、仕事もテニスをやる為にやっていたような感じで、それ自体にやりがいみたいなものを感じてはいなかったんですね。それである時『このままテニス中心の生活で良いのかな?』と疑問を持つようになって、その時東京にいた先輩に誘われて今の会社に転職しました。ちなみに名阪のテニスサークルの活動で、2年半で6組が結婚しました。今のところ誰も離婚していません(笑)

赤木:今の会社はどういうところなんですか?

渡辺さん:私の部署では教育関連のITシステムと受託運用サービスを提供しています。教育に関しては以前から関心のある分野でしたし、前職もIT系の会社でしたので。

再び東京へ

インタビュー

赤木:東京でもテニスを続けていたんですか?

渡辺さん:東京では自分で立ち上げはしていなかったんですが、10年くらい特定のテニスサークルに参加していました。テニス協会に加入するところからつなぐところ、対抗戦の企画、草トーナメントへの参加企画とかをやっていたんですが、10年もいると実質的な裏番長みたいになってたと思います(笑)

ちなみに妻と結婚した後に、このサークルと出会いました。妻との出会いは大阪のテニスサークルだったんですが、私が東京に来た後すぐにこっちに来てくれて、その後結婚する事になりました。

パデルとの出会い

赤木:パデルとはどういうきっかけで出会ったんですか?

渡辺さん:2015年に、現日本パデル協会副会長の玉井さんがパデルで起業した後、クラウドファンディングでパデルコートを作ると言う話を聞いたのがきっかけです。

玉井さんとは元々テニスで繋がってたんですが、突然「パデルが熱い!」って言いだして。

最初はテニスから離れるつもりはなくて冷ややかに見てたんですけど(笑)、熱意に負けてパトロンになりました。

それでクラウドファンディング達成してパデル体験ができるイベントに参加したんですけど、実際にやってみたら凄く楽しかったんです。

それから私もテニス仲間に声かけて、一緒にパデルをやるようになりました。

パデル&BBQイベント

赤木:渡辺さんさんはパデルとBBQを併せたイベントをされていますが、それはいつから始められたんですか?

渡辺さん:パデルを始めたのが2016年で、パデルを始めてまもなくして日本パデル協会会長の中塚さんが行なっている、南米風のBBQ「アサード」とパデルを組み合わせたイベントに参加させてもらったんです。見た目がすごくて美味しくて楽しくて、この集まりに衝撃を受けました。

私がBBQを併せたイベントを始めたのはその1年後の2017年6月でした。

当時は川口でやっていたんですが、今は所沢でやっています。

BBQのクオリティも回を重ねるごとに上がってて、1年前には自分で機材買って練習したりしていました 笑

赤木:自分で機材買うって凄いですね 笑

渡辺さん:『バーベキューインストラクター検定』って言う検定試験を受けたり、今でも新しいメニューを試したりと試行錯誤しながらやっています。

※現在は中級バーベキューインストラクター

インタビュー

▲ガクパデBBQの名物『丸鶏のビア缶チキン』。

パデル+BBQの良さ

渡辺さん:ガクパデのコンセプトは『家族・恋人・友達・単品・老若男女国籍問わず初心者から日本代表までカモン!』です。

初心者でも大歓迎ですし、赤ちゃんを連れて来たりもできます。ちなみにガクパデの最年少参加記録は「0歳2ヶ月」です(笑)

赤木:パデルはコートが壁に囲まれてるから、外に飛び出たボールが赤ちゃんに当たったりしないんで安心ですしね。

渡辺さん:そこが結構大きなポイントで、子供ができてスポーツができなくなってしまった人でもガクパデなら楽しめるんです。周りに大人が沢山いるから、親御さんが試合してても常に誰かは見てくれてますし。

赤木:私も参加した事があるので分かりますが、皆がガクパデを成立させてるような空気感が有りますよね。まさに『コミュニティ』って雰囲気が凄く良いです。

渡辺さん:パデル日本代表選手がコーチしてくれたり、還暦を過ぎた方が奥さんと娘さんやお孫さんと来たり、色んな人が集まってワイワイしていますね。初心者専用コートを確保してレッスンをしたり、打てる人達は別のコートでひたすら試合やったり、最後はみんなで混ざって試合をしたり、皆がそれぞれの楽しみ方で満足してもらえるように設計しています。

『サークル』ではなく『コミュニティ』を創る

渡辺さん:私はガクパデは『サークル』ではなく『コミュニティ』だと考えています。

赤木:サークルではなくコミュニティですか?

渡辺さん:サークルって言うと、『柵』みたいなイメージがあって、ちょっと入り込みにくい感じが出てしまうんですよね。

『コミュニティ』って表現の方が、誰でも参加OKってイメージになりやすいと思ってます。

赤木:その感覚分かります。身内感が出過ぎると言うか、どうしても新しい人が参加しにくい感じが出てしまうんですよね。

渡辺さん:ガクパデに参加した人が言ってくれている名言があって、『上手い人はいるけど恐い人はいない』って言葉です。これもコミュニティとしてうまく機能しているからだと思いますね。

また、今年からスペインのトップパデルブランド『スターバイ』の世界初のアンバサダーとなり、活動の幅が広がりました。個人的には色々な人達や企業とコラボして活動していきたいと思います。

パデル

▲ガクパデの集合写真。子供から大人まで皆で楽しんでいる事が分かります。

セミナー活動、これからの展望

赤木:渡辺さんは最近セミナーも開催しているんですよね?セミナーではどんな事を話してるんですか?

渡辺さん:『ガクパデセミナー』と言って、お話したようなガクパデのコンセプトについて話をしています。目的はガクパデの応援者を募る事です。

赤木:応援者というのは参加者とは別という事ですか?

渡辺さん:はい。ガクパデを含めて私の活動を応援してくれる人を募っています。これは私の夢なんですが、将来は自分でパデルコートを持って運営したいと思っているんです。

今はガクパデと言うコンテンツを提供していますが、パデルコートというハードウェアがあればそれをもっと広める事ができます。例えばセミナーでガクパデのノウハウを伝えれば、コートが増える分だけガクパデのコンテンツも広める事ができます。

他にも、例えばスペインにパデル留学したいという若者を応援したり、コミュニティが大きくなればできる事の幅が広がりますから、そういった事をやっていきたいと思っています。

▲セミナー参加者との1枚

コミュニティの役割

渡辺さん:コミュニティには色んな良い部分があると思うんですが、その一つが『教育』だと思います。ガクパデでは小学生が受付をしてお金のやり取りをしたり、子供がBBQの野菜を切ったり、焼ける前のおもてなしの一品を作ってもらったり、他の子どもと協働して作業をしてもらったりしています。そうする事で、年齢を越えた関わりや社会性を楽しみながら学ぶ事ができます。

赤木:子供にとって、親や先生以外の人との関わりって凄く良い勉強になりますよね。

渡辺さん:2020年度から大学入試改革が始まります。教育の在り方が今までと根本的に変わっていきます。

人口減が大きな要因だと思いますが、昔のように知識を詰め込んで会社に入って終身雇用で老後を迎えるという時代ではなくなります。そうなった時に、コミュニティから学ぶ事がとても重要になるんです。それは人との関わり方だけじゃなく、答えの無い問いに対して自分で答えを作っていくような体験も有りますね。

赤木:親御さんは子供を見ながらパデルをして、子供は遊びながら学べる空間って良いですね。

渡辺さん:後は、『自分の居場所』ができると言う事も大きいですね。

例えばサラリーマンだと現役で働いている間は会社があるから良いんですが、定年で仕事が無くなると趣味が元々なかった方は途端に暇になってしまいます。でも外のコミュニティに溶け込めない年配の人って結構多いんです。人生100年時代を考えた時、これは大きな問題になる。そういった方々もガクパデで救いたいと思っています。自分がいてもいいんだ、と思える場所を創りたい。

赤木:まさに家族・恋人・友達・単品・老若男女国籍問わず一緒にいられる居場所ですね。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

パデルとBBQを組み合わせてコミュニティを作っていくと言う考え方、コミュニティの在り方については私達とスポーツとの関わり方の中でもとても重要になると思います。

スポタスでは『スポーツ+何か』を持ったスポタス人をこれからもご紹介していきます。

この記事の記者紹介
スポタス編集部

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五勝出:大学サッカー連盟は学生がリーグを運営しているので、実働は学生がしています。やろうとすればその分だけ任せてもらえる環境なので、全体のPR戦略も任されるようになります。社会人になる前にこういった経験をさせて頂けたのはその後の仕事にもとても役立ちました。 赤木:学生でそこまで経験させてもらえる機会はなかなかないですよね。 五勝出:実は炎上も経験しましたし(笑) 赤木:そうなんですか!? 五勝出:あまり詳しくは言えませんが、匿名掲示板に載ったりしていましたね。 赤木:その頃から既にソーシャルメディアとの関わりが始まっていたんですね(笑) 電通ライブへの入社とアスリートのセカンドキャリア支援 五勝出:就職先を選んだきっかけもリーグ運営の経験がきっかけです。 赤木:就職先は電通ライブでしたよね? 五勝出:はい。リーグ運営やお客さんへのPRをしていくなかで、プロモーションによって人を動かす事の難しさを感じました。と同時に、人を動かす事ができればそれは大きな力になると感じて広告・PR業界を志望しました。そこで、東京オリンピックにも関わりたいという想いもあって電通テック(途中から電通ライブへ分社化)への入社を決めました。 赤木:入社後はどんな業務を担当していたんですか? 五勝出:主にはイベントプロデュースです。企画からPM・現場運営・進行など幅広く担当していました。領域も広く、飲料メーカーやカメラメーカー、金融系のクライアントも担当しました。 赤木:確かにこれは学生時代の経験がフルに活きそうですね。 五勝出:広告系という事もあって決して楽ではなかったですが、充実した日々を送らせて頂きました。その時に仕事とは別でアスリートのセカンドキャリアについて情報発信をはじめました。 赤木:アスリートのセカンドキャリアというと、アスリートが引退した後にどんなキャリアを形成していくかという話ですよね。 五勝出:はい。これは学生の頃から課題意識を持っていて、学生時代から色んな情報を集めたりセカンドキャリア支援の会社を経営している方にお会いしたりお手伝いをしていました。また、社会人3年目の時にキャリアコンサルタントの資格も取得しました。 赤木:働きながらキャリアコンサルタントの資格取得は凄いですね。 五勝出:そんな中で自分なりにセカンドキャリアにアプローチするならどういう形が良いのか考えて、キャリアコンサルティングについて得た体系的な知識をアスリート用にカスタマイズしたプログラムを作り、色んな現役選手にフィードバックを頂きました。 赤木:五勝出さんのnoteにはアスリートのキャリアについての記事が沢山ありますが、それらもその一部ですか? 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五勝出:個人としてはアスリートのセカンドキャリアや価値を高める仕組み、エコシステムを確立したいと思います。それはReviveの事業も含めて、どんな在り方が良いか模索しています。一つの取り組みとして、JFLの地域リーグ、育成年代の保護者や指導者向けにアスリートのキャリア教育をしています。これはボトムアップを狙っての活動で、ボトムのリテラシーを底上げする事で全体の意識を変えていく事を目的にしています。併せてトップ層へのアプローチも行っていて、トップアスリートのピッチ内外での行動が変わるようにお手伝いしています。後はアスリートのキャリアに関する資格も作りたいと思っています。 赤木:キャリアコンサルタントのアスリート版ですか? 五勝出:そのイメージです。例えばアスリートフードマイスターという、アスリート専門の食事プログラムを作る資格があります。キャリアコンサルタントについても同様で、アスリート専門のキャリアコンサルティングのプログラムを作って、保護者や指導者が選手の人生に寄り添う手助けができるようにしたいと思っています。 赤木:なるほど、アスリートのキャリアについて体系的に指導できるように設計されているわけですね。 五勝出:そうです。そういった情報を体系的にまとめて配布することで全体のリテラシーを底上げして、アスリートの価値を広く高めたいと思っています。今まさに、同世代のJリーガーおよびアスリートの皆が次のキャリアに悩み始めています。彼らの助けになれるよう、私自身がスポーツ界でポジションをとって明確にサポートできるようになりたいと思っています。 赤木:素晴らしい目標ですね。 五勝出:私は自分のキャリアにおいて、スポーツ×広告×キャリアという三つの軸を持っていると思っているので、この組み合わせを活かしてできる事を模索していきたいですね。 まとめ いかがでしたでしょうか。 今回はアスリートの生涯価値を高めるためのソーシャルメディア活用術という、新しい発想でアスリートを支援するスポタス人をご紹介しました。 スポタスでは『スポーツ+何か』を持った人をこれからもご紹介していきます。
2020/01/18 186PV

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