2019/09/13 16:10 1727PV

【スポタス人インタビュー】『人生の岐路にはいつも陸上ホッケーがあった』現役人材エージェントが語る陸上ホッケーと人の繋がりについて

インタビュー

スポタス人とは

スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。

スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。

今日は陸上ホッケーのスポタス人をご紹介します。

【山下 純佳】

1992年 京都府生。幼少より陸上ホッケーに親しみ、全中ベスト3に入る。高校・大学と陸上ホッケーを続け、大学ではインカレベスト8に。社会人になってからも陸上ホッケーに関わり続けている。

陸上ホッケーについて

赤木:陸上ホッケーって、最初見た印象で言うとスティックを使ってやるサッカーみたいな感じかなと思ったんですけど、そういう印象で合ってますか?

山下さん:そうですね。ラクロスに例えられる事もありますが、ラクロスは空中でボールを保持するのに対して、ホッケーは地面にあるボールをドリブルするので、サッカーに近い競技だと思います。

ルールもサッカーに似てて、キーパー以外の人が直接手でボールを触るのはNGだったり、昔はオフサイドもあったりしました。

▲陸上ホッケーのルールについてはこちらの動画が分かりやすいです。

 

ホッケーとの出会い

インタビュー

赤木:陸上ホッケーって、特別なキッカケがないとなかなか始める事って無いと思うんですが、そういうキッカケってあったんですか?

山下さん:実は大きなエピソードがあったと言う訳じゃなくて、たまたま地元で国体が開催された事があって、ホッケー会場が自分の町にできたんです。

それ以来、地元ではホッケーが盛んで、中学の後輩はオリンピック代表に選ばれていますし、妹もインカレで優勝して今は実業団にいます。

赤木:後輩がオリンピック選手で妹さんがインカレ優勝って!町を挙げて選手育成してるみたいですね。

山下さん:大学の時に妹の大学と対戦する事があって、妹が私のマークについたんですが、ボコボコにやられました(笑) 周りも姉妹だって分かってるから、それも含めて面白い絵になってましたね。

そんな感じだったので、私も小学生の頃からホッケーを始めました。

インタビュー

▲小学校時代の写真です。凄く楽しそうにプレーしているのが分かります。

実は辞めるつもりだった中学校時代

インタビュー

山下さん:実は中学になったらホッケーは辞めるつもりだったんです。

赤木:そうなんですか?

山下さんそれでも続けたのは、小学校の先輩から勧誘の手紙をもらったからだったんです。それもルーズリーフ3枚分の 笑

赤木:凄く期待されてたのが分かりますね。

山下さん:中学ではポジションはゴールキーパーに挑戦しました。このホッケー部は本気で勝ちにいくスタイルで、私が現役の時は全国3位、西日本では負けなしのチームでした。

高校では絶対にホッケーをしないと決めていた。

インタビュー

赤木:それで高校もホッケーの強豪校に行ってインターハイを目指したりしてたんですか?

山下さん:いえ実は高校ではホッケーやらないつもりだったんです 笑

赤木:そうなんですか!?

山下さん:実は国際交流に興味があって、国際交流の学科がある学校を志望しました。高校で最初に入った部活も茶道部でしたし。いつか外国の方に日本の茶道を教えたいと思って。

赤木:全国3位のホッケー選手から大きな転身ですね。

山下さん:むしろホッケーだけは絶対にやらないって決めてました 笑

私のいた高校ってホッケー部が強くなくて、地元のメンバーとかと試合したら間違いなくボコボコにやられてしまうので。

赤木:でも結果的に高校でもホッケーを続けたんですよね。

山下さん:キッカケは1年生の時、ある試合に助っ人で呼ばれて参加したんですけど、その時のポジションがフォワードで。

赤木:自分がキーパーやってたから相手の動きが良く分かるとか?

山下さん:むしろ逆で、キーパーの時にプレーヤーに色々指示してたのに、いざ自分がフォワードになると凄く難しいって事に気付いたんです。

中学の時のプライドがあるから、それが凄く悔しくて、でもその難しさも面白いって思えるようになったんです。

赤木;難しいのが面白いって思えたのは大きいですね。じゃあ国際交流はストップしてホッケーに入り込んだんですか?

山下さん:国際交流は並行してやっていました。留学生の受け入れだったり、オーストラリアにホームステイしたり、シンガポールやマレーシアに研修旅行にも行ってその時に外国の方に茶道を教える事ができました。

赤木:そっちのやりたい事も並行で叶えていたんですね。ホッケー部の方はいかがでした?

山下さん:ホッケー部は強豪校じゃなかったし、人数も足りない感じだったんです。でもコーチの方針が凄く良くて、『楽しまないと上達しない』ってスタンスだったんです。

1人しか練習に来れない日でもコーチは来てくれて、コーチも混ざって一緒に練習したりしていました。

赤木:私も中学の卓球部が2人しかいなくて、コーチ含めて3人で練習まわしたりしてたので良く分かります。ああいうのって、人数が揃ってない中でのクローズな楽しさみたいなのが有るんですよね。

山下さん:中学の時はひたすら上を目指すスタイルだったのが、ここで初めてホッケーを楽しむ、皆で楽しむってマインドに変わって、これは私の今の価値観にも強く繋がっています。高校時代のコーチには本当に感謝です。

そして大学進学

インタビュー

赤木:それで大学でも楽しむスタイルのホッケーを目指したんですね。

山下さん:いえ、大学ではホッケーを続けるつもりはありませんでした。

赤木:またですか 笑

続ける気はなかったのにずっと続いているって面白いですね。

山下さん:高校のホッケー部では人数が少なかったんで、組織だった練習ができなかったんです。それだと大学では通用する訳ないと思ったんで、続けようとは思わなかったんですね。

赤木:続いたキッカケって何かあったんですか?

山下さん:高校の時に同志社のホッケー部と対戦したんですけど、そのチームってホッケー初心者ばかりのチームだったんです。でも凄く強いチームで、雰囲気も凄く良かったんです。それで『このチームでホッケーをやりたい』って思うようになって、同志社女子大学を受験しました。

この頃も国際関係の興味は持ち続けてたので、学部は国際関係のゼミがある現代社会学部を選びました。

赤木:そこも大きな軸として持ち続けていたんですね。

ホッケー漬けの大学時代

インタビュー

山下さん:大学は実家から通ってたんですけど、凄く遠かったんです。最寄り駅まで車で20分かかるところでした。そこから京都駅まで行って、更に近鉄電車で大学の最寄り駅まで行って、片道2時間かかってました。

赤木:それって凄く辛かったんじゃないですか?

山下さん:実は全然辛くなくて、周りもそれが普通だったから何とも思ってなかったんです。むしろ通学時間が自分のプライベートな時間って感じで、その間に宿題やったりゲームしたりホッケーノート書いたりしていました。

赤木:ホッケーの練習は大体どれくらいあったんですか?

山下さん:アップと片付け含めて4時間くらいですね。大体7時半くらいまで練習して、大学でご飯食べて家帰るのが23時くらいという日々でした。

赤木:まさにホッケー漬けの毎日ですね。練習はどんな感じでした?

山下さん:ホッケー部のコンセプトが『組織力で勝つ』って方針で、連携の練習が多くありました。だからなのか、周りに頭良いなと思う人が多くて色々と勉強になりましたね。大学では全国ベスト8まで入る事ができました。

インタビュー

▲大学時代の1枚

そして社会人に

赤木:社会人になってからはホッケーを止めようと思ってたんですか?

山下さん:社会人ではホッケーは何かしら続けていきたいと思っていました。

赤木:ここでは続けようと思ってたんですね 笑

山下さん:東京配属になったんですけど、会社の先輩の旦那さんがたまたまホッケー部で、ホッケーの社会人サークルを紹介して下さったんです。

他にもレベルの違うチームに入ったり、あるチームの庶務みたいな形で関わったりもしています。

インタビュー

▲社会人チームでの試合中の1枚。インタビューの時と違った、戦う表情が印象的です。

ホッケーの魅力

インタビュー

赤木:ここまで色んな角度でホッケーに関わられたと思うんですが、その上で感じるホッケーの魅力って何だと思います?

山下さん:人と人の繋がりが生まれやすい点だと思います。

これはホッケーに限らずかもしれないですが、マイナーな競技だからこそ、やってる人達が大体知り合いだったりするんです。ホッケーの仲間、対戦相手が後の会社の後輩になった事もありますし。

赤木:山下さんのホッケーとの関わり方って凄くユニークですね。上を目指すとかって言うよりも、ホッケーを通じた人との関わりによって人生が豊かになってる感じと言うか。

山下さん:そうですね。これは国際交流に関心があった事にも繋がるんですが、今の仕事を選んだきっかけって色んな価値観・文化を知りたいって理由と、ホッケーを通じてチームの役に立つ喜びを感じた事が大きいです。

ホッケーは私にとっての全てじゃなく、価値観を作る大きな要素であり、人との繋がりそのものなんだと思っています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

様々な形でホッケーと関わり続ける姿は、私達とスポーツとの関わり方を考える上でも大きなヒントになるのではないでしょうか。

スポタスでは『スポーツ+何か』を持ったスポタス人をこれからもご紹介していきます。

この記事の記者紹介
スポタス編集部

おすすめ記事

全日本総合選手権・SJリーグ金沢大会を終えた坂井一将選手。金沢学院クラブ移籍で得たものとは(後編)【スポタス人インタビュー】

スポタス人とは スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。 スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。 今回はバドミントンの全日本総合選手権(以下全日本総合)とSJリーグ金沢大会を終えたばかりの坂井一将選手にインタビューをしました。 スポタス人紹介 坂井 一将(さかいかずまさ) 1990年石川県生 金沢学院クラブ所属。 10歳の頃からバドミントンを始める。 高校卒業と同時に単身インドネシアに。3年間でバドミントンの腕を更に磨く。 2011年に帰国し社会人リーグトップの日本ユニシスに所属し、2014年~2016年で全日本社会人選手権大会3連覇の偉業を達成する。2017年には自身初の日本ランキング1位に輝く。 2020年1月現在も日本ランキング4位に位置し、トッププレーヤーとしてバドミントン界を牽引する。 オフィシャルサイト:SAKAI KAZUMASA OFFICIAL WEB SITE Twitter:https://twitter.com/kazumasa_sakai 前編はこちら 金沢学院クラブに移籍して変わった事 赤木:やはり金沢学院クラブに移籍した事で環境がガラッと変わりましたか? 坂井:そうですね。学校の職員として学校がバックアップしてくれるのは有難いです。職場の人もバドミントンの練習を優先してくれていますので、今後も結果で恩返ししていきたいと思っています。 赤木:他にも変化はありましたか? 坂井:スポンサーが個人についた事は大きいですね。日本ユニシスにいた頃は個人にスポンサーがつくということは無かったので。バドミントン選手で個人にスポンサーがついている選手は本当に限られています。そんな中で色んなスポンサーがついて下さると簡単には負けられないと感じますね。 準々決勝の時のように点差が開いても「負けたくない!まだいける!」という心理状況を作れるようになって、それがベスト4に入った要因でもあります。 赤木:そういった期待を背負う事で力に変えているんですね。 坂井:そうですね。ユニフォームにスポンサーのロゴがつくのは自分にとっても頑張る源になっています。 ▲スポタスのロゴも坂井選手の力になれたなら感無量です。 赤木:練習環境についてはいかがですか? 坂井:純粋な設備面などで言うと、やはり日本ユニシスにいた時の方が整っていますね。日本ユニシスではコーチがいてノック出ししてくれたり、チーム専属のトレーナーがいます。そういう意味では日本ユニシスでは恵まれていたと思いますし、良い環境を与えてもらっていた事には感謝しています。 赤木:やはりそういう面では日本ユニシスの方が恵まれているんですね。 坂井:でも、それ以上に地元である金沢が自分にフォーカスしてくれて全日本総合の後も応援し続けてくれていますので、それが大きなモチベーションになっています。 練習環境に関しても、それを言い訳にしたくないと思っているので。むしろ日本ユニシスでやってきた経験を活かして、自分で練習メニューを組んだりチームのメンバーに教えて全員でレベルアップしていけるようにしたいと思っています。 赤木:坂井選手はそういった自分で切り拓くというスタイルが凄く合いますね。 坂井:それに、応援の質が変わったと感じるようになりました。 赤木:応援の質ですか? 坂井:全日本総合でベスト4に入った時は地元の新聞で大きく取り上げてもらいました。SJリーグ金沢大会の時も夕刊の一面や朝刊に出る事ができて、テレビで特集を組んで放送してもらったりもしました。こういった事は日本ユニシスにいた頃には無かったので、地元金沢という大きなコミュニティが自分の活動を応援してくれていると感じます。 SJリーグ金沢大会での勝利 赤木:先日SJリーグ金沢大会でチームとして今期初勝利を飾りましたが、SJリーグについてもお話頂いていいですか? 坂井:SJリーグは日本ユニシス・NTT東日本・トナミ運輸などが参加している国内最高峰のリーグ戦ですが、クラブチームとしてSJリーグに入っているのは2チームほどで、ほとんどのチームは企業の実業団です。そんな中でも地元金沢のクラブチームとして勝ち星をあげる事ができたのは嬉しかったです。 赤木:チーム戦だと坂井選手だけが勝つというわけにはいかないですからね。。チームとして勝利する為に何か工夫した事などありますか? 坂井:まずはチームとしての意識をトップチームに近づけるようにしました。意識がトップチームに近づかないと話にならないので。他には練習に取り組む姿勢だったり、試合に臨むにあたっての気持ちの入れ方だったりについて、自分なりにやってる事や意識しているポイントについて伝えるようにしています。 赤木:日本トップの選手が教えると説得力がありますね。 坂井:それが正解なのかは分からないので強要はしませんが、選手達に『そういう考えもあるのか』という選択肢が増えるようにしています。 赤木:技術的なコーチングなどもされるんですか? 坂井:私自身がシングルスの選手なので、シングルスの選手には技術の話もしたりしますね。ダブルスのついては練習に取り組む姿勢だったり、ウォーミングアップの方法を教えるくらいですね。 赤木:実質的な選手兼監督みたいな立ち位置に近いですね。 坂井:それはありますね。私が言うから説得力がある事もありますし。その為にも結果を出して選手達がついて来てくれるように、皆の見本になるような自分になりたいと思っています。選手としても今年以上の結果を求められますし、もっと自分にプレッシャーをかけないといけないと感じています。 SJリーグでは私が1勝しても、ダブルスでの1勝が必要になります。自分のレベルアップだけじゃなく、他の選手もレベルアップしてもらわないと困るので、金沢学院クラブというチームを強化していかないといけないと思っています。 怪我との付き合い 赤木:腰痛が酷いなかで大会に臨んだという事でしたが、今はもう大丈夫ですか? 坂井:現在は完治しています。腰痛は全日本総合の時がピークでしたね。ここ3年ほど、怪我で世界選手権に出られなかったり、全英オープンやアジア大会も出場できなかったりして悔しい思いをしてきました。怪我についてはセルフケアを一層大事にしていきたいと思っています。 赤木:そういったケアもご自身でされているんですね。 坂井:そうですね。でも、今は自分で練習量をコントロールできるので、休むべき時は休んで追い込む時は追い込むようにメリハリをつけています。甘えだけは出ないようにしていきたいですね。 赤木:その辺りも自分でコントロールできる意思が凄いです。 様々な役割をこなすことで得られるもの 赤木:日本ユニシスにいた頃に比べると役割が凄く増えていると思いますが、大変だと感じる事はないですか? 坂井:大変な部分も多いですが、それ以上に得られるものの方が多いですね。日本ユニシスにいた頃はバドミントンを中心にやっていましたが、今はクラブ全体の事・学生へのバドミントン指導・学生募集と多岐に渡ります。そのお陰で、選手としての視点だけじゃなく指導者としての視点も得られますし、クラブ全体を見る視点も得る事ができます。 例えば大学生に指導している時は、自分の感覚だけで伝えるのではなく、相手にどう伝えたらレベルアップできるのかを考えるようにしています。こういった環境のお陰で、『考える』ということを強く意識できるようになりました。だからこそ、全日本総合でファイナルゲームになっても柔軟に考えて戦略を立てられるようになったんだと思います。 赤木:なるほど、視点が増える事によって試合でも思考の幅が広がったんですね。 坂井:これは大学生の指導でも大事にしていて、『自分で考えて行動するように』というのは常に伝えています。 もう一度日本一を 赤木:最後に、今後の目標についてお聞きできますか? 坂井:日本ユニシスに移籍して人生初の日本一を経験する事ができました。今度はそれを金沢学院クラブで経験できるようにしたいです。 赤木:それは全日本総合で優勝という事ですか? 坂井:全日本総合もそうですが、他にも全日本社会人やランキングサーキットなど、日本一を決める大会でもう一度優勝できるようにしたいです。そして、学校・チーム・応援して下さる方に日本一を取ったと報告したいです。 ▲目指すは金沢の地から日本一 まとめ いかがでしたでしょうか。 地元の期待を一身に背負い、新しい道を進む姿はまさに挑戦者です。 スポタスでは『スポーツ+何か』を持った人をこれからもご紹介していきます。
2020/01/26 77PV

  • インタビュー

アスリートにこそソーシャルメディアを!ソーシャルメディア活用で選手のキャリアを応援するスポタス人【スポタス人インタビュー】

スポタス人とは スポーツだけではなく、プラスアルファの形でスポーツと関わるキラキラした人物。 スポタスでは、『スポタス人』のインタビューを通じてスポーツとの様々な関わり方を発信しています。 今回は、『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』の著者、五勝出さんにインタビューをさせて頂きました。 スポタス人紹介 五勝出 拳一(ごかつで けんいち) 株式会社電通テック・電通ライブにてプロモーション領域の仕事に従事した後、株式会社Reviveにて、PR Managerを務める。 東京学芸大学では蹴球部に所属し、全日本大学サッカー選抜の主務を経験。 現在はアスリートのSNS活用や事業開発のサポートを始め、アスリートの価値と選択肢を広げることを目的として日々活動している。特定非営利活動法人izm 理事。 2019年12月、国内初のアスリートのソーシャルメディア活用本『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。 ブログ:https://note.com/gokatsu Twitter:https://twitter.com/gokaken1 著書:『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』 赤木:サッカーはいつから始められたんですか? 五勝出:幼稚園からですね。そこから大学までサッカーを続けていました。友達に誘われたのがきっかけです。もともとあまりコミュニケーションを取るのが得意じゃなかったんですが、サッカーを通じて友達の輪ができたり、家族を含めたコミュニティがそこにできた事は自分の人生にとって本当にプラスになりました。 中学では柏レイソルの下部組織に入って、大学も一般入試でしたがセンター試験半分、サッカー半分で入学しました。センター試験が一次試験で、サッカーが二次試験にあたります。 赤木:サッカーで順調に道を拓いてきたんですね。 五勝出:ですが大学入学後に足首の怪我が思わしくないことが分かりました。手術をするかどうか悩んだのですが、将来スポーツに関わる仕事をしたかったことと、自分の競技レベルを考え、現役を引退することにしました。 赤木:入学1年目のタイミングでそれは辛いですね。 五勝出:その後4年間は学連(関東大学サッカー連盟)で運営や企画に携わりました。 大会運営の裏側を経験 赤木:学連ではどういった役割でしたか? 五勝出:インカレ決勝のPR責任者をやっていました。いかにお客さんを呼ぶかを考え、有名な元プロ選手やサッカー解説者の方をお招きしたトークショーを企画したり、事前告知やPR戦略の立案、実施などをやっていました。 他にはユニバーシアードが2年に1度開催されるので、大学サッカー日本代表のマネージャーとして選手のスケジュール管理や備品管理、運営まわりと告知PRなどもしていました。 赤木:学生でそんな大きな大会の運営を任されるものなんですか!? 五勝出:大学サッカー連盟は学生がリーグを運営しているので、実働は学生がしています。やろうとすればその分だけ任せてもらえる環境なので、全体のPR戦略も任されるようになります。社会人になる前にこういった経験をさせて頂けたのはその後の仕事にもとても役立ちました。 赤木:学生でそこまで経験させてもらえる機会はなかなかないですよね。 五勝出:実は炎上も経験しましたし(笑) 赤木:そうなんですか!? 五勝出:あまり詳しくは言えませんが、匿名掲示板に載ったりしていましたね。 赤木:その頃から既にソーシャルメディアとの関わりが始まっていたんですね(笑) 電通ライブへの入社とアスリートのセカンドキャリア支援 五勝出:就職先を選んだきっかけもリーグ運営の経験がきっかけです。 赤木:就職先は電通ライブでしたよね? 五勝出:はい。リーグ運営やお客さんへのPRをしていくなかで、プロモーションによって人を動かす事の難しさを感じました。と同時に、人を動かす事ができればそれは大きな力になると感じて広告・PR業界を志望しました。そこで、東京オリンピックにも関わりたいという想いもあって電通テック(途中から電通ライブへ分社化)への入社を決めました。 赤木:入社後はどんな業務を担当していたんですか? 五勝出:主にはイベントプロデュースです。企画からPM・現場運営・進行など幅広く担当していました。領域も広く、飲料メーカーやカメラメーカー、金融系のクライアントも担当しました。 赤木:確かにこれは学生時代の経験がフルに活きそうですね。 五勝出:広告系という事もあって決して楽ではなかったですが、充実した日々を送らせて頂きました。その時に仕事とは別でアスリートのセカンドキャリアについて情報発信をはじめました。 赤木:アスリートのセカンドキャリアというと、アスリートが引退した後にどんなキャリアを形成していくかという話ですよね。 五勝出:はい。これは学生の頃から課題意識を持っていて、学生時代から色んな情報を集めたりセカンドキャリア支援の会社を経営している方にお会いしたりお手伝いをしていました。また、社会人3年目の時にキャリアコンサルタントの資格も取得しました。 赤木:働きながらキャリアコンサルタントの資格取得は凄いですね。 五勝出:そんな中で自分なりにセカンドキャリアにアプローチするならどういう形が良いのか考えて、キャリアコンサルティングについて得た体系的な知識をアスリート用にカスタマイズしたプログラムを作り、色んな現役選手にフィードバックを頂きました。 赤木:五勝出さんのnoteにはアスリートのキャリアについての記事が沢山ありますが、それらもその一部ですか? 五勝出:はい、いくつかは切り出してnoteに掲載しています。そして現役選手から頂いたフィードバックを元にブラッシュアップした結果、今回出版させていただいた書籍のテーマ、アスリートのソーシャルメディア活用という一つの答えに行きつきました。 仮説と実際のギャップ 赤木:現役選手からフィードバックを頂いたということでしたが、最初に想定していた仮説と実際のギャップのようなものはありましたか? 五勝出:そうですね。私の想定していた仮説では、アスリートとしてのキャリア(引退)までではなく、人生を通した、いわばビジョナリーキャリアを想定し、そのゴールから逆算して日々の活動に落とし込むというものでした。ですが、実際に現役選手にそのプログラムを実施したところ、『言ってる事はわかるけど、初めの一歩で何をしたら良いか分からない』という感想をいただきました。 赤木:なるほど。企業の会社員であればゴールから逆算する思考はどこかで学ぶ事が多いですが、アスリートの場合はそうとも限らないんですね。 五勝出:もちろんゴールから逆算する方もいますが、多くのアスリートは目の前の課題を一つ一つこなして積み上げていくことが得意な人達です。その為、目の前で何を改善するか、どんなアクションがとれるかという小さな一歩を示す事が大事だと感じました。その観点で、ソーシャルメディア活用がフィットすると考え、アスリートに対してソーシャルメディア活用の支援を始めました。 赤木:ソーシャルメディアであれば無料で始められますし、情報発信のハードルも低いですからね。 五勝出:そこを支援することで、アスリートの価値を高められる。大きな絵を見据えながらも一歩を歩む。そうやって現役選手の中にある空気感を変えていきたいと思っています。私はアスリートではないですが、そんな私だからこそできる領域があると思っていますし、その中でアスリートから必要とされる役割を果たしたいです。 出版までの経緯 赤木:でもnoteで人気になったのがきっかけとはいえ、noteを始めてまだそれほど経っていないですよね?書籍化ってなかなかそんなにすぐにはできないと思うんですが。 五勝出:noteで情報発信を始めたのは一昨年の7月くらいですが、たまたま出版社の方が同様のテーマで江藤美帆(えとみほ)さんにオファーを出されていて、その共著者としてお声をかけて頂きました。 私が発信していた内容はあくまでも外部からアスリートを支援する側の視点ですが、えとみほさんはITベンチャーの創業を経て栃木SCの経営を担っている方ですし、同じく共著の飯高悠太さんはマーケティングのプロフェッショナルと言える方です。 そのようなトップランナーの皆さまとタッグを組み、アスリートの視点、クラブ運営者の視点、ソーシャルメディア運営者の視点も交えた事例を盛り込む事で、ソーシャルメディア活用の全体像が見えるような一冊になっていると思います。 赤木:アスリートにとってソーシャルメディア活用のガイドラインみたいな一冊ですね。noteで人気になるまでに工夫された事などもありましたか? 五勝出:これはテクニック的な要素でもあるんですが、自分の書いた記事の内容が誰に向けて刺さるかを明確にイメージして書いていました。それで面白いと思って下さったアスリートの方やインフルエンサーの方がTwitterで拡散して下さって、認知して頂けるようになったと思います。これも仮説検証を繰り返して勉強しながらスモールステップでやっていましたね。 赤木:まさに本の内容をご自身で実践されたんですね。 社長との出会いから転職へ 赤木:現在は株式会社Reviveに所属されているかと思いますが、 転職のきっかけをお聞きして良いですか? 五勝出:きっかけは弊社代表の前田との出会いです。共通の先輩の紹介で会ったのが最初なんですが、その前から前田は私のnoteを読んでくれていて私の事は知っていたそうです。ちょうど私も広告の仕事からアスリートのサポートへ仕事の軸足を移したいと思っていたところだったので、今の会社への転職を決めました。Reviveはアスリートの価値を最大化させる事を目的にしており、アスリートのマネジメントやアスリートのソーシャルメディアアカウントを育てて得た収益をレベニューシェアするビジネスモデルを作っています。面白いのは社長の前田自身が現役のアスリートで、Xリーグで活躍するアメフト選手という事ですね。 赤木:現役のアメフト選手で社長というのも凄いですね。 五勝出:スタートアップ企業ですが去年の6月に資金調達も実施しています。やはり現役アスリートが社長というのはインパクトが大きいですし、これも現役アスリートが持つ価値だと思います。 消費されるアスリートたち 五勝出:今のアスリートを取り巻く課題でキャリアと同じく深刻なものとして、選手たちが『消費』されているという点があります。 赤木:『消費』ですか? 五勝出:アスリートがピッチの外で価値を出すにはテレビや広告で企業や商品の宣伝をするのがメジャーですが、その場合、アスリートのキャラクターはメディアや広告主の意向によって変わってきます。ですが、選手がピッチの外で輝き続けるのは難しく、引退後も同じように価値を出し続けるのは困難です。これはアスリートに限らずタレントやアーティストもそうですが、彼らは現役でいられる時間がとても長い。 赤木:確かに、年齢でパフォーマンスが落ちるという事があまり無いですからね。 五勝出:だからこそアスリートの生涯の価値を高めていくパートナーが必要で、その為に私達のような会社があります。 アスリートの価値を広く高めたい 赤木:今後の目標についてお聞きして良いですか? 五勝出:個人としてはアスリートのセカンドキャリアや価値を高める仕組み、エコシステムを確立したいと思います。それはReviveの事業も含めて、どんな在り方が良いか模索しています。一つの取り組みとして、JFLの地域リーグ、育成年代の保護者や指導者向けにアスリートのキャリア教育をしています。これはボトムアップを狙っての活動で、ボトムのリテラシーを底上げする事で全体の意識を変えていく事を目的にしています。併せてトップ層へのアプローチも行っていて、トップアスリートのピッチ内外での行動が変わるようにお手伝いしています。後はアスリートのキャリアに関する資格も作りたいと思っています。 赤木:キャリアコンサルタントのアスリート版ですか? 五勝出:そのイメージです。例えばアスリートフードマイスターという、アスリート専門の食事プログラムを作る資格があります。キャリアコンサルタントについても同様で、アスリート専門のキャリアコンサルティングのプログラムを作って、保護者や指導者が選手の人生に寄り添う手助けができるようにしたいと思っています。 赤木:なるほど、アスリートのキャリアについて体系的に指導できるように設計されているわけですね。 五勝出:そうです。そういった情報を体系的にまとめて配布することで全体のリテラシーを底上げして、アスリートの価値を広く高めたいと思っています。今まさに、同世代のJリーガーおよびアスリートの皆が次のキャリアに悩み始めています。彼らの助けになれるよう、私自身がスポーツ界でポジションをとって明確にサポートできるようになりたいと思っています。 赤木:素晴らしい目標ですね。 五勝出:私は自分のキャリアにおいて、スポーツ×広告×キャリアという三つの軸を持っていると思っているので、この組み合わせを活かしてできる事を模索していきたいですね。 まとめ いかがでしたでしょうか。 今回はアスリートの生涯価値を高めるためのソーシャルメディア活用術という、新しい発想でアスリートを支援するスポタス人をご紹介しました。 スポタスでは『スポーツ+何か』を持った人をこれからもご紹介していきます。
2020/01/20 208PV

  • インタビュー